【Case4】3.男のスーツは胸で着る説 (4)
「……え」
驚いて振り返った俺に、
「いーんだって、役に立たなくても。……迷惑掛け合うくらいで、普通じゃね?」
にやっとして、蓮は続けた。
「だって、俺らだよ? どうせ」
(――あ)
その瞬間、脳裏に、元ラグビー部のみんなの顔が浮かんだ。
蓮や俺みたいに高校でラグビー辞めたやつも、大学でも体育会やサークルで続けてるやつも。高校時代の俺らは、朝・昼・放課後練やって、くたくたんなってうち帰ったらもう、メシ食って寝るだけの、校内で一番勉強しない部活って有名で。
そのころも今も。いつだって、顔を合わせればラグビーとマンガと彼女欲しいって話しかしない、あいつらが。
(――ずっと、見ててくれたんだな)
あんな情けなかった、いや違う、今だって結構情けない、俺のこと。
……気づいたら、涙が出そうになって。
俺は、蓮にくるっと背中を向けると、
「――また来る」
それだけ言って、やつの部屋を後にした。
朝っぱらから、これでもかってくらい鳴きまくってるセミの声。
山手線の内側にある蓮のマンション周辺に比べて、駅からの道や家々の庭には圧倒的に緑が多い。
道路の先で、凝ったデザインの黒い門が日差しに輝くのが見えた。
暖色系の石が敷かれたアプローチの脇には、ゆったりした前庭と、シンボルツリーのオリーブ。その奥に建つ、おしゃれな二階建ての家。
ワンルームの後で眺める翠の家は、やはりなかなかの豪邸だった。
「……ただいま、戻り、まし、たと……」
小声で言いながら、俺は背中を丸めて背の高い玄関のドアを開ける。
改めて見ると、玄関だけで蓮の部屋の半分はありそうだわ、ここんち。
静まり返った家の中、階段を上がって自分の部屋に行く前に、けじめっていうか、一応一階の共有スペースにも顔を出すことにする。
「……」
覚悟を決めて、気合を入れてリビングのドアを開けると、珍しくソファでテレビを観ていた翠が、首がもげそうな勢いで振り向いた。
「……あ」
立ち上がったものの、咄嗟に言葉がみつからないらしい翠に、
「……ただいま」
俺はドアノブをつかんだまま、目を合わせず口の中で言う。
「……おかえり」
こたえた翠の、真っ黒な潤んだ瞳がゆらゆら揺れたのがわかった。
「……」
もういいか、とドアを閉めかけたところに、
「あの、恒星」
声を掛けられて、振り向いた。
「ありがとう。帰ってきてくれて」
俺の目を、翠がまっすぐにみつめる。
「……レポート、残ってたから」
俺は視線をそらして言うと、
「……悪かったな。勝手にキレて」
そのまま、勢いで謝った。
怒ってるような口調になったのは、見逃してほしい。
「いや、それは俺の言い方が」
慌てて言いかけた翠に、
「……わかってる」
やっぱり目は見られないまま、俺はひと息に言った。
「ミーコにも言われた。早とちりして、ごめん。……ちゃんと、チームだってわかってるから」
翠が目を見開いたのをチラ見して、
「じゃ」
そっけなく言うと、俺はリビングのドアを閉めた。
「……ふー」
そのまま、閉めたドアに背中を預け、目を閉じてちょっと天を仰ぐ。
なんだか緩んでしまう頬を両手でばちんと叩いて、俺は自室のある二階へ向かった。