【Case4】3.男のスーツは胸で着る説 (3)
『最初は確かに、こーちんの見た目が目的だったのかもしれないよ。けど、今の翠君とこーちんって、そのころとは全然違う関係でしょ? 親友、とは、ちょっと違うかもだけど』
俺の思ってたことをうまく言葉にしてくれたミーコが、問いかけるように続けた。
『――『仲間』なんでしょ? あたしたち』
「……わざと言ってんな、おまえ」
俺が昨日言った「仲間」ってワードを、嫌がらせのように使いまくってきたミーコが、きゃははと笑うと、
『寂しいよ? 翠君。こーちんがいなくなったら』
さらりと付け加えた。
なにげないその一言で、俺は去年の秋の出来事を思い出す。
ミーコの父親から逃げようと、翠に黙ってミーコと家を出た、あのとき。
逃亡中の俺らの前に突然現れ、レンタカーやスーツケースの処理を引き受けてくれたくせに、頼みの現金を円でも米ドルでもなくメキシコペソで渡すっていう、地味な嫌がらせを仕掛けてきた翠。
あのとき、腹をくくったんじゃなかったのか俺は。ミーコとあいつ――寂しがり屋で困ったちゃんの翠と、一緒にいるって。
『こーちんさー』
ふう、とためいきをついたミーコが、急に偉そうな声を出した。
『いつまでも『元カノと私とどっちが大事なの?』みたく、拗ねてないでさー』
「は?!」
頭の悪すぎるたとえに、俺は秒でキレる。
「なにそれ? たとえおかしくね? 元カノとか」
言いながら、スマホを持っていない方の手でイライラと髪をかき回した。
マジこいつ、こういうとこあるからなー。
『いいから!』
はじけるようにミーコが笑った。
『さっさと、今できることしようよ。まだ途中なんでしょ? 翠君の計画』
「……」
そういえば、その問題もあった。俺はふたたび黙り込む。
翠の計画。真山グループ総本山への復讐。
できるのか俺らに? そんなこと。
『んっもー。ぐだぐだ考えたってしょーがないじゃん』
また考え込んだ俺に、ミーコが焦れた声を出す。
『頭脳担当は翠君でしょ? こーちんは筋肉担当なんだからさー』
「はあ?!」
さくっと脳筋呼ばわりされて、思わず声が裏返った。
「ふっざけんな! 誰が筋肉担当だコラ」
『そーゆーとこじゃん』
「うっせー! セクシー担当なんだよ俺は!」
『こーちん、言うほど胸板厚くないからね? お腹はちょっと割れてるけどさー。あ、あとタレ目? んーでも、セクシーってほどじゃ』
「うっせー! 切る!」
そのまま本当にガチャ切りした俺に、
「……朝から元気いーねえ。セクシー担当さんは」
振り向いた蓮が、ベッドの上からにこっと笑った。
「戻んの?」
明るくたずねられて、
「……おお」
仕方なく、俺はうなずく。
よっこらしょ、と起き上がった蓮が、
「おまえさー恒星」
ベッドに座って細い足を床に下ろすと、両手を膝について俺の顔をのぞき込んだ。
「高三のときさ。親父さん亡くなってから、ちょっと距離置いてたじゃん? 俺らと」
急に昔のことを持ち出されて、
「……」
俺は無言で蓮の顔を見返す。
確かにそうだった。
あのころ、いろんなことが面倒で。表面上はそれまでと変わらない顔で過ごしながら、俺はラグビー部の友人たちと過ごすのを避けていた。
心配されるのも優しくされるのも、とにかく面倒で。悪いとは思いながらも、俺の事情を知る人たちから、しばらく離れていたかった。
「なんか、ひとりで抱え込んじゃってる感じでさー。でも恒星って、平気な顔しようとするからな、そういうとき。人には世話焼くけど、自分の弱みは見せたがんねーじゃん? おまえ。だからみんな、そっとしとくしかねーかって言ってたんだけど」
蓮が目を細めた。
「新堂んちに住むって聞いて、意外といいかもなって言ってたんだよ、俺ら。新堂って、変だけど相手のことよく見てるし。あいつんちなら恒星も、ちゃんと食ってちゃんと寝そうじゃん?」
人がいれば自動で世話焼くからなーおまえ、と蓮が笑った。
「じゃーほら、合鍵返して。帰れ帰れ。電車代貸すから」
そのままぐいぐい背中を押されて、俺は狭い玄関に向かう。
「危ないとこだったぜー! 俺の合鍵バージン!」
俺の返した鍵を高々と掲げて、変なポーズで絶叫する蓮に、
「気持ち悪い言い方すんのやめて」
一応突っ込んだ。
今の、絶対聞こえてたからな? 隣の部屋。壁薄いのよ、ワンルーム。
「なー恒星」
靴を履く俺の背中に、蓮が声をかけた。
「また来いよ。副部長とか、別にいーじゃんもう。いちいち、ちゃんとしようとすんなよ」