【Case4】2.理由 (7)
「いそうでいないものなんだよ、ここまでよく似た体形って。それを利用して、相手を混乱させられると思ったんだ。顔さえ隠せば」
気持ちいいほどきっぱり言い切られて、
(……悪かったな。使えねー顔で)
俺は、複雑な気持ちというか、若干やさぐれかけたものの。
(――てか、それって)
翠の言葉に、ふと、あることに気づいた。
「大人になった俺の姿かたちはこんな感じ、っていう予想図くらい、子どものころのデータでシミュレーションしているはずだからね、あの真山夫妻なら」
顔をこわばらせた俺に気づかず、翠は得々と説明を続ける。
「でも、部活や友達づきあいで、恒星はいつも忙しそうだったから。口をきいたこともない俺の計画に、乗ってくれるとは到底思えなかった。それが卒業前、お父さんを亡くして困っていると噂で聞いて。今なら話を聞いてもらえるかもって声を掛けたら、うちに来てくれた。その後、便利屋の仕事をする様子も見て、やっぱり俺の計画にもってこいの人材だと確信して」
「……」
(――気にすんな)
翠の説明を聞きながら、俺は自分に言い聞かせていた。
こいつに悪気はない。
だけど――。
翠が嬉しそうに語るほど、胸の中がどうしようもなく冷えていく。
「恒星の運動能力は高く買っていたけど、そこに頼るつもりはなかった。逮捕の危険がなかった“双子の銀河”のときは派手に動いてもらったが、それはたまたまのこと。基本的には、その見た目だけでよかったんだ。おかげで、ホテル・マヤマにカードを置いてもらったときは助かったよ。ケガがなければ、あれは俺がやるつもりだったんだ。あのケースには俺が――成海碧の息子が日本にいることを、真山側に伝えるという目的もあったから」
……耳が、熱かった。
体形・スタイル・プロポーション。呼び名は何にせよ、シルエットだけ見たら多分そっくりの、双子みたいな俺たち。
「……こーちん?」
俯いた俺の顔を、ミーコがのぞき込んだ。
食いしばった歯の隙間から、俺はなんとか声を出す。
「――そんな理由で俺に、声掛けたのかよ」
「……恒星?」
翠が、きょとんとした顔で俺を見返した。
……俺だって、この年で他人の完全なる善意を信じるってほど、ピュアなわけじゃない。
『よかったら、うちに住まないか? ちょうど、父と秘書の部屋が余ってるんだ』
高三の冬。あのころはまだ「新堂」って呼んでた、翠の言葉。
『代わりと言ってはなんだが、頼みがあるんだ。実は近々、起業する予定があって。一、二年でいい、手伝ってもらえないかな?』
すまなそうに、俺にそう言った翠。
居候、兼、便利屋の手伝い。……それだけじゃなく、何か別の理由もあるのかもとは、ちょっとだけ思ってたけど。
(――感謝、してたのに)
膝の間で組んだ手を、俺は思いきり握りしめる。
今までで、一番きつかったとき。親父が死んだばかりのあのころ、親しくもなかった俺に、何も聞かずに居場所を差し出してくれた翠。
居候と引き換えに、便利屋のバイト要員にって話も。俺の気が楽になるように言ってくれたんだと思ってた。
なのに。
涙がこぼれそうになって、俺は勢いよく上を向く。
チャンス、って思われてた? あのタイミング。
「深入りさせるつもりは、なかった」って。
見た目だけだったのかよ。
利用する、ただそれだけのつもりで。
俺のこと、ずっと。
「――俺は、仲間だと思ってた。おまえのこと」
声が、震えそうだった。
視界の端で、翠が大きな目をさらに見開くのが見える。
「――こーちん」
後ろからTシャツを引っ張る、ミーコの手。
その手をそっと外すと、俺は立ち上がって大股で玄関に向かった。
脱いだままのスニーカーに、乱暴に足を突っ込む。
「こーちん!」
ミーコの声を、断ち切るように。
さっき入ってきたばかりのドアをすり抜けて、俺は翠の家を出た。