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【Case4】2.理由 (6)

 ――広いリビングが、少しの間静寂に包まれた。


 ようやく話し終えた翠が、


「……ずいぶん、長い話になってしまったね」


 目を伏せて苦笑する。


「……」


 俺は何も言えず、ソファに座り直すと、俯いて両手の指を髪に差し入れた。

 右隣のミーコは、俯いたままぴくりとも動かない。


(……大丈夫か? こいつ)


 気づいて、俺が振り向こうとしたそのとき、キッチンの方からリンゴに似た甘い香りが漂ってきた。


「勝手ながら、カモミールティーをご用意しました」


 いつのまにか席を立っていた瀬場さんが、湯気の立つカップをお盆に載せて運んでくる。


「ありがとう瀬場さん」


 カップを受け取った翠が、


「久しぶりだな。瀬場さんのハーブティー」


 瀬場さんを見上げて口角を上げた。


 重い気分のまま、俺は渡されたカップの中をのぞき込んだ。初めて見る、薄い黄色の飲み物。


 正直、あんな話聞いたばっかで、お茶とか飲む気しねーんだけど……って、え? ハーブティー?


 俺は焦ってカップの中を二度見する。


 やべ。苦手なんだよなー、ハーブティー。


 以前飲んだときの記憶が蘇り、ますます気が進まない。

 ハーブティーって、ラグビー部の合宿のとき、身体にいいからってマネが出してくれたことあるんだけど。

 味がしないっていうか、正直まずくて。みんなで、気合で無理やり飲み干した記憶がある。


 そうはいっても、恩人の瀬場さんが出してくれたお茶だ。仕方なく、俺はちょっとだけ口をつけてみた。


(――うま)


 自分の目が、まるくなるのがわかった。


 え、嘘。なんか、すげーうまいんですけど。

 香り高いっていうか、じわっと効いてくる感じ。


 翠の異常な話に縮こまっていた胃が、ゆっくりほぐれてくるような気がする。


 すげーな瀬場さん。てか、ハーブティーとか台所にあったっけ?


 右隣でミーコが、ふうと息をついた。翠の親父さんも、満足そうにカップを傾けている。


 異様な緊張感に包まれていたリビングに、穏やかな空気が流れ始めた。


 やがて、カップをソーサーに戻した翠が、ミーコと俺の方を向いて背筋を伸ばした。


「俺の個人的な計画に、ふたりを巻き込んでしまってすまない。気が変わったら、いつでもやめてくれて構わないから」


 真剣な顔で言う翠に、


「……や、今さらっしょ、そんなん」


 ないない、と俺は手を振る。


「てかおまえ、謝んならさー。ちゃんと、最初のオパールのときにしろよ。俺に黙ってブルーの予告状出したやつな」


 今思い出しても、あれはエグかった。マジで。


「あれ越えたらもう、今さらだわ。巻き込まれたとか。それに、『怪盗』っつってもそんな危険なことやってねーし」


 俺は、これまでに自分がやったことを思い出す。


 最初の銀座の美術館のときは、派手なアクションではあったものの、事前に練習はきっちりやったし、ヘリのスタッフとかが超プロでサポートがすごかったから、全然心配してなかった。その次の、ホテルにカードを置いてきたやつは(柊二の運転を除けば)楽勝。水彩画を盗んで次の日戻したときも、疲れたけど特に難しいことはなかった。今日だって、あの警部さえいなければ余裕で電車で帰ってこれたはずだ。


「当然だ」


 怒ったように翠が言った。


「一方的に巻き込んでしまったおまえとミーコちゃんを、危険な目に遭わせるわけには……いや、実際には遭わせてしまったが」


 若干肩を落としながらも続ける。


「とにかく、できる限り危険は避けて、誰にでもできるようなことだけ頼むつもりだったんだ。ふたりには」


「なんだよそれ」


 むっとして俺は言った。


「なにその『お客さん』感。感じわる


「……その点については、仕方がないとしか」


 翠が、後ろめたそうな顔になった。


「あの真山が相手だという覚悟が最初からあって、しかも幼いころから特殊な訓練を受けてきた俺と、同じ能力を期待するわけにはいかないだろう。これまで、ごく普通の学生生活を送ってきた君たちに」


「……まあな」


 渋々俺もうなずく。

 今だって、こいつほど仕上がってるわけじゃねーもんな、俺とミーコは。


 そのとき、


「……なんで、仲間にしたの? あたしたちのこと」


 両手でカップを包んだまま、ミーコが翠の顔を見上げた。


 そこは、俺も気になっていた。

 黙って俺も翠の顔を見る。


 そもそも、そんな重大な計画に、どうしてど素人の俺らを。


「……深入りさせるつもりは、なかったんだ」


 翠が、長い睫毛を伏せた。


「ミーコちゃんは、偶然だった。出会って、スリの技術はともかく、その抜群の“勘”に驚いて。……そうだな。小さな身体で、自分の人生を親から守ろうとしている姿に、共感した面もあったのかもしれない」


 カップを手にした親父さんが、ちらりと翠の顔を見る。


「恒星のことは、高三で同じクラスになったときから目をつけていたんだ。計画の遂行のために、どうしても協力者が必要だと思っていたとき。おまえの身体――外見が、理想的だと気づいて」


「……は?」


 無意識に、声が出ていた。


 身体って、え? この身体? 外見?

 俺は思わず、自分の身体を見下ろす。

 えーと、身体能力じゃなく、外見っていうと。

 俺は今まであまり深く考えたことのなかった、自分の見た目について考えてみる。


 身長は百七十五・五、高い方だけど二度見されるほどじゃない。

 やや痩せ型で、骨格も細めの、顔は小さめ手足は長め。つっても、別に読モにスカウトされるほどじゃない。

 顔の造作については、言うまでもなく。


 つまり、何の変哲もないっていうか、これといった特徴のない外見。


 ……どこにでもいそうじゃね? こんなやつ。だいたい、翠だって似たようなもんじゃ――。


「……そう。俺とそっくりのプロポーション」


 俺の頭の中を読んだように、完璧なタイミングで翠がにっこりした。



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