【Case4】2.理由 (2)
「さっきから、なんかふたりだけで話進めてるけど」
俺のセリフに、隣でうんうんと大きくうなずくミーコ。
「翠おまえさ、いつも言うじゃん俺に。『相棒』って。……まあ、こいつも入れたら三人か。二人じゃなくて」
あごでミーコを示すと、俺は翠の目をのぞき込んだ。
「――それならもっと、それらしくしねえ?」
俺らは、チームだ。「怪盗ブルー」という名の。
「今までミーコと俺って、詳しいこと聞かずにやってきたじゃん? おまえに言われた通り。それって、わかってたからなんだよね。おまえが、わけもなく人様の物盗むようなやつじゃないって」
不意を突かれたような顔の翠に、俺は続けた。
「俺は、待つつもりだった。おまえが、自分のタイミングで話してくれんのを。でも、親父さんは知ってんだな? おまえがわざわざ『怪盗ブルー』って名乗って、泥棒の真似してる理由」
そういうことなら。
「……なら、そろそろ説明してくれよ。俺らにも」
俺は、翠と父親の顔を交互に見る。
「『怪盗ブルー』って、何なのか」
俺らはチーム――仲間なんだから。
さっき車の中で、親父さんと話した通りだ。今さら手を引くなんて、ありえない。
翠が、正面の父親に目をやった。
やれやれというように、親父さんが軽く肩をすくめる。その外国人っぽい仕草に、翠のアレな言動のルーツが分かった気がして、俺はちょっと遠い目になった。
その隣の、ちょうどミーコの正面にあたる一人掛けソファでは、麦茶のグラスを前に瀬場さんが端然と座っている。
「……どこから話せばいいかな」
やがて翠が、軽く首を傾げて口を開いた。
いつも通りの落ち着いた表情。
わずかな間をおいて、
「そうだな。こういうのはどうだろう。多分、恒星は、さっきの車の中で少し聞いているだろうけど」
静かな声で始まった、その話は。
「父と俺の間に、血縁関係はない。俺が三歳のとき、父と瀬場さんは俺を連れて、海外へ逃げてくれたんだ。……俺の、遺伝子上の両親から」
まるで、悪夢のような物語だった。
「亡くなった母の話を、以前したよね」
白い顔に、翠が花のような笑みを浮かべる。
「俺の母親は、彼女だ。気持ちの上でも、戸籍の上でも」
わざわざそんなことを言われる意味がわからず、ぽかんとするミーコと俺。
そんな俺らに、淡々と翠は続けた。
「だけど、彼女と俺は血がつながってはいない。不思議だよね。母は、自分のお腹の中で俺を育てて、産んでくれた人なのに」
(――へ?)
なにそれ? 俺らは再度ぽかんとする。
生みの母と、血がつながってない? そんなことってある?
頭の中が疑問でいっぱいの俺らを見た翠は、そこで話の方向を変えた。
「――『代理母』というのを、知っているかな? 『代理母』と呼ぶこともある。子どもを持つことが難しいカップルのために、彼らの子どもを自分の子宮で育てて産む女性のことだ」
さっきの疑問が解けたような気がして、俺ははっとする。
「ただし、ひとくくりに代理母出産といっても、その方法は様々だ。
依頼人夫妻の受精卵を体外受精するだけでなく、代理母自身の卵子で人工受精するとか、他にもいろいろ。
今の日本では認められていない出産方法だけど、既にたくさんの日本人の子どもがこの方法で生まれている。主に、外国の医療施設を利用して。
様々なケースのなかには、依頼人カップルと赤ん坊に遺伝子上のつながりのないものもあるそうだよ。
それくらい、『血を分けた』子どもが、あるいは、血縁はなくとも自分たちの納得する遺伝子を持った子どもが、欲しいという願いは強いのかもしれない」
ニュースかなにかで聞いたことはあるけど、あまりよく知らない話だ。
俺は翠の言葉を、ある予感を抱きながら聞く。
「俺の遺伝子上の両親も、同じニーズを持っていた。ただし、彼らには十分な資金と力があったから、海外ではなく、とある日本の病院で、自分たちの選んだ若い女性――妻の遠縁の貧しい女性を代理母にして、秘密裏に俺という子どもを得たんだ」
翠を産んだ「母親」――彼女は、代理母だったってことか。
ニュースの世界が急に目の前に現れたみたいで、俺は軽いめまいを感じる。