【Case4】2.理由 (1)
玄関のドアに手をかけようとした瞬間、分厚いドアが大きく外に開き、俺はのけぞった。
あっぶね。鼻もってかれるとこだったわ。
「恒星!」
ドアの向こうから、切羽詰まった表情の翠が現れる。車を車庫に入れる音で、俺たちが帰ったことに気づいたらしい。
「大丈夫か? 恒星」
珍しくうろたえた声。顔色が悪く見えるのは、夜だからってわけじゃなさそうだ。
翠の背後から、ミーコも顔を出す。
「おかえり、こーちん。ケガない?」
「おー、ただいま」
のんきな声に、俺も手を振る。
「どこも問題なし。おかげで命拾いしたわ」
背後の二人を示すと、俺は翠を押し戻すように玄関に入った。近所の目のあるところで、いつまでもこんな話をしているわけにはいかない。
俺の後ろに、杖をついた翠の親父さん。荷物を持った瀬場さんが後に続く。
「電話で、父さんから話は聞いた。……すまなかった。恒星を危険な目にあわせるつもりは」
泣きそうな顔の翠に、大丈夫だと何度も言った後、まずは着替えようと俺は二階の自分の部屋へ向かった。
新しいTシャツとハーフパンツに着替え、黒装束のポケットから鍵とスマホだけとりあえずハーパンに移す。
ようやくさっぱりしてリビングに戻ると、俺以外の皆はテレビの前のソファに集まっていた。
「恒星」
近寄ってきた翠が、三人掛けのソファに腰を降ろした俺の上にかがみ込む。
「本当に大丈夫か? ハングライダーは、説明なしでは初心者には難しい。ヘルメットもない二人乗りで、着地のときは、」
「平気平気。瀬場さんの操縦、神だったし」
「初心者」って、俺を誰だと思ってんだよ。翠の過保護すぎる発言に、俺は内心むっとする。
中一から高三まで、毎年陸上部と器械体操部から勧誘され続けた男なんだけど、俺。……後半、肝心のラグビー部ではぱっとしなかったけどな。
まだ何か言いたそうな翠を見上げて、
「だーから、だいじょぶだって」
手を伸ばして、癖のある黒い髪をわしゃわしゃかき混ぜると、
「……」
翠は、いつものようにちょっと固まった。
……こういうとこ相変わらずだよなー、こいつ。
帰国のくせにスキンシップ慣れてないって、どーゆーことよ?
「よかったね、翠君」
飲み物を配るミーコに声をかけられ、無言でこくんとうなずくと、翠はもそもそと俺の左隣に座る。
いつもならこんなとき、翠が客用の茶器で紅茶やら緑茶やらを出すところだが、ミーコがお盆に載せているのは氷の入った麦茶のグラスだ。今日の翠は、それどころではなかったらしい。
「ありがとう。君は、ミーコちゃんだね?」
俺の斜め前の一人掛けソファに座った翠の親父が、グラスを渡したミーコに穏やかな声で言った。右手には、家の中でも杖が握られている。
白い眉毛の下の目が、正面に座る翠に向けられた。
「翠」
翠の肩に、力が入るのがわかった。
「いささか、杜撰な計画だったようだな。今回は」
静かだが、不思議な圧を感じるかすれた声。
「でも、計画自体は」
言いかけた翠が、
「……いえ。確かに、そうでした」
悔しそうに視線を落とした。
「あの田崎という警部さえいなければ、今回恒星に任せた作業には危険などなかった。もちろん、何らかの不運が重なった上での事故はあり得ますが、恒星の身体能力から考えて、その可能性は低い。……ですが、実際にはあの警部が現れた。しかも彼は、完全にではないにせよ、こちらの目的を正確に予測していたわけですから……」
「そこだよ」
父親がうなずく。
「現実には常に、想定外のリスクがついてまわる。翠、おまえには何度も伝えてきたはずだ。どれほど容易な計画に見えたとしても、実施にあたっては常に、障害に対する複数の手立てを用意しておく必要があると。幸い、今回は私たちがいたが」
「……以後、気をつけます」
父親の言葉を引き取るように言って、翠がうなだれた。
俺は、右隣に座ったミーコと目を見合わせる。
「……あの、ちょっといいっすか」
我慢できなくなって、俺は口を開いた。
ローテーブルを挟んで、顔を突き合わせるようにしていた翠と親父が、驚いたようにこちらを振り向く。




