【Case4】1.敵の敵は味方的な (7)
「恒星君」
もやもやする俺に、前を向いたまま翠の親父さんが呼びかけた。
「君は愛されて育った、心の優しい若者のようだ。翠からも、そう聞いている」
「……ありがとうございます」
え、なに? いきなり何の話?
俺は、首を傾げそうになるのを必死でこらえる。
てか翠、俺のことパパにそういう風に言ってたわけ? んもー、なんだよ。いいやつかよあいつ。
にやけそうになるのを我慢して、われながら気持ち悪い半笑いになっている俺に、
「だからね、恒星君」
表情を変えず、親父さんが続けた。
「君はもう、あの子からは離れた方がいい」
――「あの子」、というのが翠のことだと理解するのに、少し時間がかかった。
「……どういうことっすか?」
俺は、翠の父親の横顔をみつめる。
眉間から鼻筋にかけての厳しい線と、シミの浮いた頬。さっき、暗い車内灯でもわかった、淡い色をした瞳。
「世の中には、知らない方がいいこともある。今ならまだ、引き返せるんだよ君は。……君に会ったら、最初にそう言おうと思っていた」
前を向いたままの穏やかな横顔を、俺は無言で見返した。
(何なんだよ)
腹の底から、ふつふつと敵意が湧いてくる。
翠から俺を――翠の仲間を、引き離そうとしてる?
なんだよ。ほんとに翠の父親かよ、こいつ。
(……や、それはほんとだし)
ちょっと頭を冷やそうと、俺は自分で自分に突っ込む。
さっき話したときの“響き”でわかった。この人が翠の父親っていうのは、嘘じゃない。
しかも俺は、たった今、この人たちに助けられたばかりだ。普通に考えて、この人たちは翠の敵じゃない。
けど。じゃあなんで、そんなこと言うんだよ? 翠から離れろなんて、あいつの仲間を減らすようなこと。
運転席の瀬場さんは、黙ったままハンドルを握っている。
「……ずっと、そう思っていたんだが」
翠の父親がこちらを向くと、ふと苦笑した。
「やはり、無駄だったらしいな」
……どういうことだ?
俺は警戒を緩めず、相手の顔を見返す。
「そういうやり方は、君の主義に反するようだ。どうやら君は、一度仲間とみなした相手を、簡単には見捨てられない人間らしい」
(……何言ってんだこいつ)
黙って聞いてりゃ、勝手なことばっか。翠の父親を、俺は無言のままにらみつける。
「さっき、君がそのドアを開けて、この車に乗り込んできたとき。見えたんだよ。君が、翠の隣にいる未来が」
……ますます、わけがわからない。
「さっきから、言われてること全然わかんないんすけど」
上目づかいでそう言った途端、薄い色の二つの瞳が、俺の目の前で大きく見開かれた。
「……それはすまなかった」
笑みを含んだ声で老人が言う。
「そうか。翠は君に、話していなかったのか。私のことを」
暗い車の中で、眉を下げて微笑む相手に、俺はどんな顔をするべきか迷う。
「恒星君。君なら理解してくれると思って、話すんだが」
翠の父親が、楽しげに続けた。
「私は少々、変わった体質でね。ときどき、見えてしまうんだ。自分や周囲の人間の、未来の一部が」
――『以前から聞いていたからかもしれないな。そういった“能力”のことを』
俺の“嘘発見器”と、ミーコの“勘”の話をしたとき。自分には特殊な“能力”はないが、俺たちの話は信じられると言った翠。
記憶の中でふんわりと微笑む白い顔が、目の前の老人のそれとシンクロする。
――『そういう人を、知ってるんだ』『君たちみたいな“能力”のある人』
そうか。父親が。
「……すまないが、君には苦労をかけることになりそうだ。息子のことで」
そう言うと、翠の父親は座席に背中を預け、疲れたように目を閉じた。