【Case4】1.敵の敵は味方的な (5)
浮き始めてからまだ、ほんのちょっとしかたってないと思ってたのに。結構な高さよ? これ。
なんだよ? どーなってんだよいったい?!
その間にも、ハングライダーの二人乗りというアクロバティックな行為に俺を巻き込んだらしい背後の男は、片手で抱えた俺の身体をハーネス的なもので固定して、ぐんぐん高度を上げる。
(嘘だろ?!)
気づくと、いつのまにか川を渡っていた。暗い夜の景色の中、眼下できらきらと光る水面。
どうやら俺は、フクロウに捕まったネズミのように、土手の上で後ろから飛んできたハングライダーに一瞬でかっさらわれたらしい。
「ブルー! 逃げるなー!」
かすかな声に、身体をひねってなんとか後ろを向くと、さっきまでいた土手の上に、目の前で俺に逃げられた田崎警部と部下が腕を振り回す小さな姿が。
「危ないところでしたね」
耳元で聞こえた穏やかな声に、俺は視線を上げた。
どうやら俺を警察から助けてくれたらしい、背後の謎の男が、俺の身体に腕をまわしたままこっちを向いて、糸みたいに細い目でにっこりする。
(――めちゃめちゃ強そう)
格闘技の経験でもありそうな相手のガタイのよさに、俺は早々に抵抗するのを諦めた。
見た感じ、死んだうちの親父より年のいってそうなおっさんだけど。七〇キロ近い俺の身体を片手でひょいと持ち上げた筋力といい、ハングライダーの操縦スキルといい。どう考えても、ただもんじゃない。
てか、俺の名前や、警察に捕まるとまずいのを知ってるってことは、翠の知り合いか?
「……あの、あなたは……」
思い切って口を開くと、
「瀬場と申します」
落ち着いた口調でそうこたえたきり、ハングライダーを操作したり、イヤホンに向かって何か話したりと、おっさんは作業に戻った。
その間にも、反対側の土手を超え家々の屋根をすり抜け、飛んでいく機体。
(……ですよねー)
俺は、今の状況を説明する暇のなさそうなおっさん――瀬場さんの様子に納得する。
どう考えても、結構危険な飛行をしてるわけよ、このハングライダー。しかも警察に追われて。
(そっか。追手にみつからないように、黒い翼なんだな)
見たことのない黒いハングライダーの理由を納得しかけて、
(いや、危ねーし!)
俺は慌てて首を振る。
無灯火のチャリの、百倍危ないっしょ? これ。
夜更けの道で、頭上からいきなりこんなハングライダーが舞い降りてきたらと想像して、俺はぞっとした。
しかも、善人か悪人かわかんねーけど、今の俺は背後のこの人とハングライダーに、文字通り命を預けてるわけで……。
(やめた)
あれこれ考えたって、どーにもなんねーわ。この状況。
俺は早々に白旗を上げる。
なら、しょーがない。この場は全部、この謎のおっさん――瀬場さんに任せよ。
俺はひとまず悩むのをやめて、人生初のハングライダーのフライトを楽しむことにした。