【Case1】1.怪盗ブルー登場 (5)
宝石なんて縁のない俺だけど、オパールっていう名前にはなんだか聞き覚えがある。小学生のころ、親父の撮影についてったオーストラリアで叔母さんへの土産に買ったのが、そんな名前だったかも。でも、あのちっこいイヤリングはこんな色じゃなくて……。
「そうだな。オパールといえば、日本では水色や白っぽい物が知られているらしい」
俺の頭の中を読んだように、翠が言った。
「この二つは、オパールの中でも最上の値が付くブラックオパール。特大、それも世にも珍しいことに同じサイズで、さらには遊色効果のパターンまで瓜二つということで有名になった」
遊色効果というのは、さっきみたいに光の加減で石の中にいろんな色が見えることらしい。
「通称、“双子の銀河”。二十世紀はじめに、フランスのL家当主が手に入れたとされている。先月から真山第一美術館で開催中の『フランス・L家秘宝展』の目玉商品、いや、展示品だ」
「……え?」
ちょっと待て。
一番人気の展示品って。売ったらいくらすんのよ、それ。
よりによって、そんなすごいやつ泥棒しちゃったの? 俺。
だってそんな。翠、おまえが「大丈夫」って言うから俺は。
だいたいおまえ、いつも通り、便利屋の依頼だって――。
「……というのは真っ赤な嘘で」
二つの石を無造作にバスローブのポケットに入れた翠が、こちらに向き直った。女みたいにきれいな顔が、俺の至近距離で笑みを浮かべる。
「特大、かつ、双子のようにそっくりの希少なオパール――そんなものは、存在しないんだ。もともと」
……存在しない?
俺は頭の中身がでんぐり返りしたみたいな気分になる。
……えーと、つまりそれは。
「模造品ってこと?」
翠が満足気にうなずいた。
「察しが良くて助かるよ、相棒」
だからその、「相棒」って言い方。あと、流し目とかいらないから。
肩にかけたタオルで髪をぬぐいながら、翠が続ける。
「一世紀前ならともかく、鑑定技術の進んだ現在、この世に存在しないはずの物がいつまでも存在しては困るという人がいてね。だが、これだけ有名な品になると、持ち主といえど勝手に処分するわけにはいかない。かといって、精巧なフェイクでしたと公表するのもみっともいいものじゃない。そこで、俺のところに依頼が来た」
え? じゃあ今回のこれ、もしかして、持ち主サイドからの依頼? って、フランスの大金持ちからってこと?
……はー。通りでスムーズだったわけだわ。盗むのも逃げるのも。
二転三転する状況に目が回りそうになりつつ、俺は納得する。
しかし、いつもながら怖えな。こいつの人脈。
「昨夜は一部の警察官のスタンドプレーに驚かされたが、捜査は早々に打ち切られるはずだよ。日本語だと、『圧力』というのかな。この件を大ごとにしたくないという筋からの、警察上層部への働きかけによって。つまり、俺たちが捕まる可能性は極めてゼロに近い」
淡々と説明する翠。
相変わらず穏やかーな表情だけど、
(めちゃくちゃ怖いんですけど! 話の内容)
まわりからよく「怒ってんの?」って聞かれる、奥二重の目が強面風の俺の顔。その無愛想な顔の裏で内心半泣きになりつつも、今さらなかったことにもできず、俺は質問を続けた。
「……じゃあさ。そのオパール……って、あ、片方は偽物なんだっけ」
「両方とも。どちらも、精巧に作られた人工オパールだ」
翠がバスローブのポケットに、興味のなさそうな視線をやった。
「……どーすんの? それ」
「さあ?」
素朴な俺の質問に、あっさりと翠が首を傾げる。