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【Case4】1.敵の敵は味方的な (4)

「その恰好! やはり貴様、怪盗ブルーだな! 真山第一美術館屋上からの逃走劇、この田崎、忘れてはおらん!」


 俺のシルエットを目にした警部が、大声をあげた。


(あーはいはい)


 やたらよくしゃべる田崎警部に、俺はちょっとうんざりする。

 なんだよおっさん、犯人みつけてハイになっちゃってんの? 普段、「一椀」ではあんなガッチガチなのに。娘の話題出るとボロボロだし。


 それはそれとして、この警部がひとりでここにいるってことは、さっきの病院方面は逆にまだ安全ってことか?

 現在地はざっくり把握できたけど、ここは方針変更して、今来た道で駅に戻るか。


 今後の動きが決まり、騒いでる警部は放置してダッシュで土手から下りようとした俺の耳に、


「警部ー!」


 半泣きの、若い男の声が届いた。

 走る動作に入りかけていた俺は、変なバランスのままその場で固まる。

 後方の警部のそばに、別の人影が現れた。


「もー、呼ぶならもっと、ちゃんと場所の説明してくださいよー。俺もう、探し回ってー」


 荒い息でもっともなことを言う、部下の警官らしい若い男に、


「それも刑事に必要な資質だ」


 まるで反省の色をみせず、ふわっとした返事をかます警部。

 やべー。ブラックだわこの上司。


「警部こそ、単独行動するなって課長に怒られたばっかじゃないですかー。ブルーの次のターゲットを推理したとか言っちゃって」


 案外、言うときは言うタイプらしい部下君。


「そうだ! その私の推理が正しかったことが、たった今わかったのだ!」


 そこで田崎警部が、勢いづいて言った。


「あれを見ろ! ブルーの実行犯だ!」


 俺の後ろ姿を指差す警部に、


「……えー? マジっすかー?」


 まさかの、全然乗ってこない部下君。


「ほんとですかー? あんな、フツーの感じの子が?」


「おっ、おまえ、なんだその目は! 見ろ! ここに、さっきあいつが残していったブルーの犯行予告が!」


 カードを振りまわしてどなる警部に、


「あ、ちょっと警部、なにしちゃってんですか! これ、勝手に触ったらめちゃめちゃ怒られるやつじゃないっすかー」


 警部以外の関係者の反応の方が気になるらしく、ダメ出しする部下君。


 が。


「かまわん! とにかく、あいつを捕まえれば私の勝ちだ!」


 開き直った警部の言葉に、


「……そっすね」


 急にスイッチが入ったのか、部下君の声が真剣になった。


(やっば)


 俺は天を仰ぎたくなるのを我慢する。

 田崎のおっさんだけなら、余裕で振り切れんだけど。部下君あれ、若そうだし体力あるだろーな結構。


 俺を捕まえる段取りの打ち合わせか、小声で何か話し合い始めた後ろのふたり。


(……どーしよ)


 目の前の川を見ながら、俺は警部たちに背を向けたまま立ちすくむ。


 思い切ってこの川に飛び込んでも、あの部下君なら俺が泳ぎ切る前に追いつきそうだし。


 これはもう、後ろの話がまとまる前にさっきの路地っぽいエリアに駆け込んで、とにかくダッシュするしかないか? でも部下君がいるし、そのうちきっと応援の警官たちも。


 そのときだった。



「恒星様ですね?」



 強い風と共に、突然耳元で聞いたことのない男の声がしたかと思うと、俺は背後から腰を強くホールドされた。


「!」


 同時に、夜の闇の中で、さらに濃い闇に包まれる。


(え、何?!)


 一瞬で閉ざされた視界の中、勢いよく身体が前傾した。

 地面に倒れこみそうな感覚に、咄嗟に踏ん張ろうとした足が、


「……っ!」


 なぜかふわりと宙に浮く。


(……っえええ?!)


 そのまま、どんどん上昇していく身体。前に伸ばした手にあたる、金属の感触。


(なんだこれ!)


 バランスを崩して頭から前に崩れかけた俺の体勢を、背後からの力があっさり修正すると、宙に浮いたまま身体はさらに前方へと進んでいく。


 頬にあたる、風の感触。

 何がなんだかわからないが、俺は背後から屈強な男に抱きかかえられ、宙づりのまますごい勢いで進んでいるらしい。って、なにその状態?!


 しばらくして、ようやく暗闇に目が慣れた俺は、


(……!)


 あたりを見回し、自分の置かれた状況に仰天した。


 目の前と脇には、金属のバー。

 そしてその向こうに見える、布のような、これは――。


(ハングライダー!)


 視界の端に映る、黒っぽい翼。足元に広がる広い空間を確認して、俺は絶句する。


(……空じゃん)




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