【Case4 盛夏を愛した怪盗ブルー ~夏休みの宿題は計画的に~】 1.敵の敵は味方的な (1)
暗がりの中、アスファルトを蹴る自分の足音がやけに耳につく。
(……なわけない)
気にすんな。
腕の振りを止めずに、俺は自分に言い聞かせる。
履いているのは、翠が用意した特殊なソールのスニーカー。靴の音は抑えられているはずだ。
それが気になるのは、自分が今、追い詰められているせい。
さっきまで聞こえていた追手の足音は、いつのまにか消えていた。
街灯の明かりの切れ目を狙い、俺は目の前の建物の角を曲がると、植え込みの陰にうずくまる。
水の音が、大きくなった。
目を凝らすと少し先に見える、土手に登る小さな石段。川沿いに出たのだ。
(――なんで、こんなことに)
荒い息を整えながら、俺はさっきまでのことを振り返っていた。
右手前方から近づいてきた救急車のサイレンが、きしむタイヤの音と共に止まった。
目の前の建物の脇からこぼれて見える、点滅する赤いライト。一つ奥のブロックで幹線道路を右折し、細い道に入った救急車が、隣の棟にある救急外来入り口に吸い込まれていくところだ。
俺は目の前の表示に目をやる。
「真山総合病院 外来棟」
俺の正面と、細い道を挟んだ向こう側。ブランド病院らしい瀟洒な建物が、二棟並んで建っている。
東京湾に近いこの病院は、二つの棟の内でも隣の「入院棟」、その最上階にある特別フロアにより、広く名を知られている。
通称・VIPフロア。
大企業の経営者の人に知られたくない病気の治療や、スキャンダルの出た政治家のとりあえず入院など。日本有数の財閥系企業グループ、真山グループ系列の老舗病院というブランドで、昔から政治・経済や芸能の世界の大物たちを多数受け入れていることで有名なフロアだ。
片や、俺の目の前にある棟は、その名も「外来棟」。以前、便利屋の仕事で掃除に来たことがあるけど、見た目はおしゃれだが中身はごく普通の病院だ。
夜の八時を過ぎても蒸し暑い、七月半ば。俺は物陰から、暗くなった外来棟正面入り口の自動ドアを眺める。
身につけているのは、ニットキャップからスニーカー、指ぬきグローブまで真っ黒の、ブルー用の仕事着。汗で顔に張り付くゴーグルがうざい。この環境なら暗視機能は必要ないが、顔を隠すため現場ではなるべくつけておくよう翠に言われている。
暗闇の中、この真山総合病院外来棟に怪盗ブルーの予告状を届けるべく、俺は病院の監視カメラの死角になる位置で、周囲の様子をうかがっていた。