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【Case3】3.使ったら戻すのが片付けの基本 (3)

 ……そんなわけで、昨夜も運動量自体はたいしたことないんだけど。


 俺はためいきをつく。


 雨の中のランなんて、もっときついの部活でさんざんやってきたし。


 そうはいってももちろん、部活と泥棒じゃまるで事情は違う。前の晩同様、家に戻ってベッドに入った後も、俺はなかなか寝つけなかった。

 目を閉じると、『春の池』を盗み出したとき・返したときの様々なシーンが、次々に頭の中に浮かんできて。


 ついに寝るのを諦めて、一旦起きて朝メシを食うことにしたのがついさっきのこと。

 つまり、今の俺は二日連続の徹夜明け状態に近い。身体、おっも。


「おはよう」


 そのときリビング・ダイニングと廊下の間のドアが開いて、肩にタオルをかけた翠が現れた。


「恒星、昨日はお疲れ様。おかげで計画通りだ」


 まったくもっていつも通りの、きらめく笑顔。


「こんな格好でごめん。寝坊した」


 シャワーを浴びたばかりらしく、まだ濡れた髪で苦笑しながら朝食の席に着く翠に、


 ――なんだよ。爽やかかよ。


 俺は眉間にしわを寄せる。


(ぐっすり寝られて、なによりですこと) 


 かわいい顔して、どんだけぶっとい神経してんのよこいつ。

 不機嫌な俺に気づかず、


「それにしても、さすがだったね。二晩続けて」


 向かいの席から微笑みかけてくる翠。

 ミーコが館長から鍵を掏ったときと同じ言い方で褒められて、俺はさらにかちんとくる。


 ふざけんな。「男を落とす『さしすせそ』」みてーなこと言ってんじゃねーぞコラ。

 ……あー、イライラしてんな俺。睡眠不足で。


 正直、八つ当たりしてる自覚はあった。


 けど真面目な話、「さっすが~」って言っときゃ俺が調子に乗って張り切ると思ったら、大間違いだからな!


 俺はなー、あの善良が服着て歩いてるみてーなじーさんが、『春の池』られた心労で倒れたりしないようにだなー。


(……やめよ)


 われながら、カリカリしすぎだ。

 俺は、適当にメシをかきこむと席を立った。


「ごちそーさん。もう寝るわ」


 寝よ寝よ。うん、それがいい。


「恒星」


 向かいの席で箸を置いて立ち上がった翠が、リビングを出ようとする俺の前に回りこんだ。


「ありがとう」


 まっすぐな目に、顔をのぞき込まれる。


「二日連続で、大変だったと思うけど。今回は、盗ったあとなるべく早く返すことが重要だったから」


 ――館長の心労を、なるべく少なくするために。


(……うん。まあ、そういうこと)


 無言で翠にうなずくと、俺はすれ違いざまに、手のひらを翠のそれと軽く合わせて音を立てた。


 ロータッチ。


 驚いて見開かれた翠の目を確認して、ちょっと気が済んだ俺は、そのまま自分の部屋に向かう。


(……わかってりゃいいんだよ。わかってりゃ)





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