【Case3】3.使ったら戻すのが片付けの基本 (2)
次の朝、ネットニュースはさらに賑わっていた。
――「名画を堪能したので、『春の池』をお返しします。ありがとうございました。 ――怪盗ブルー」
テレビの情報番組も、怪盗ブルーによる名画事件の予想外の展開でもちきりだ。
『怪盗ブルー、一晩で名画を返却』
『目的は? ムシュランレシピ盗難事件との共通点』
『またも第三者による愉快犯か』
「……ほらね。だから言ったじゃん」
テレビを消してよろよろと朝食の席につく俺に、偉そうにミーコが言う。
「盗むより、戻す方が大変なんだって。ずうっと」
「……うっせー」
俺は顔をしかめて味噌汁をすする。
翠はまだ眠っているのか、姿を見せない。
今日の朝食は、インスタント味噌汁にチンした冷凍ごはん。スクランブルエッグと付け合わせのレタスとプチトマトは、ミーコに用意させた。
さすがに、仮眠を挟んでも二日連続の徹夜はきつい。友達とのオールなら何度もやってるけど、昨日・一昨日のこれは、そんなライトなやつとはまるで別物だ。
昨夜の本島美術館には、前の日の盗難事件のせいで警察の警備も入っていたから、盗み出したときに比べて作業にはずっと神経を使った。ミーコの言った通り、戻す方がずっと大変だ。
しかも、天気は雨。まあ、花粉が飛んでないのはよかったけど。
とはいえ、『春の池』は無名の作者による作品のせいか、警備体制が薄いのはラッキーだった。
そもそも警察内では、二月のホテル・マヤマでのフレンチレストランの事件と同様、今回のこれもブルーを名乗る愉快犯の犯行ではという意見もあったらしい。いや、あっちも俺らだったんだけどね? 愉快犯じゃなくて。
――昨晩、翠の指導の下、俺はノートパソコンより一回り大きいくらいの『春の池』を、プチプチを詰めた段ボールの箱に慎重にしまい込んだ。外からもプチプチでくるんだそれを、防水シートで二重に巻き、特殊仕様のリュックに入れる。
リュックを背負い、上からレインコートを着ると、雨降る深夜、翠と俺はクロスバイクで家を出た。
やがて、美術館に行く途中にある公園の脇に自転車を止めると、荷物のない翠が先に走り出した。間隔を開けて俺も、レインコートの下にリュックを背負ったまま、中の絵を揺らさないよう超ゆっくりペースで後を追う。
雨でも夜でもトレーニングを欠かさない熱心な市民ランナーを装った俺たちは、目的地に近づくと二手に分かれた。
美術館の正面入り口の手前で、
「来ますかね、ブルー」
「……間違いない。ヤツは来る」
聞き覚えのある声に、俺は足を止めた。
レインコート姿で本島美術館の門の前に立つ、田崎警部と部下の若い警官。
「ホントですか~?」
なんだかゆるい部下君に、
「私の、刑事としての勘がそう告げている」
自信満々にこたえる警部。
俺はふたりに気づかれないよう、物陰に身を潜める。
数分後、建物の脇に回った翠がわざと立てた物音で、警部たちが様子を見に持ち場を離れた隙に、俺はリュックから出した絵を防水シートごとビニール袋に入れて、門の前に置いた。
絵画にとって水分は大敵だ。一応、桜の枝が雨除けになっている場所を選んだが、これだけ厳重な防水ならしばらくは大丈夫なはず。あとは頼んだ、警部。
そこから全力ダッシュで公園に戻った俺は翠と合流し、再びクロスバイクで家に戻った――。