【Case3】3.使ったら戻すのが片付けの基本 (1)
およそ、一週間後。
「それじゃあ、ミーコちゃんも頑張ってくれたことだし」
件の合鍵を手に、きれいな顔に不敵な笑みを浮かべて、翠が俺に声を掛けた。
「今度は俺たちの番だな、相棒」
……さすがに俺も、今さら「自分は単なる便利屋で、怪盗じゃない」的なごね方はしない。怪盗ブルーっていうチームの一員として、腹はくくってる。
(――でもなあ)
とはいえ、謎にやる気満々な翠の王子様スマイルには、嫌な予感しかしないわけで。
――「名画、『春の池』をお借りしました。 ――怪盗ブルー」
翌日の昼過ぎ、スマートフォンでニュースを眺めながら、俺はリビングのソファに転がっていた。
窓の外は、春の雨。
クソだるい。変な寝方をしたせいで頭が重い。
深夜の仕事から戻ったあと、アドレナリンのせいかなかなか寝つけず、朝方ようやくうとうとした挙句、さっき無理やり起きたところだ。
今が春休みで助かったわ、マジで。
『現場に怪盗からのメッセージ』
『隠れた名画? 無名の美術館から盗まれた水彩画』
スマホの画面には、センセーショナルな煽り文句が並んでいる。
本島美術家から盗まれた『春の池』と、現場に残された怪盗ブルーからのメッセージカード。カードの写真こそないものの、短い文面はすべてのニュースサイトに掲載されていた。
被害者である館長のコメントは、「絵をお貸しするのは構いませんが、事前に申し出てくださればよかったのに」というのんびりしたものだった。浮世離れしたあのじーさんらしく、ブルーからのメッセージを文字通り「絵の貸し出し」と受けとめてくれたようだ。
とはいえ、そんなおっとりした対応は、怪盗による盗難事件としてこの件を煽りたいマスコミ側には歓迎されなかったらしく、このコメントを掲載しているのは一社だけ。
俺の目の前のローテーブルには、その『春の池』が、スタンドに立てかけられて飾られている。
「おはよ、こーちん」
リビングのドアを開けて入ってきたミーコが、しばらくキッチンでごそごそした後で、
「ほい」
湯気のたつマグを俺に差し出した。中には、たっぷり入ったインスタントコーヒー。
「お疲れだろうけど、今日も頑張ってね?」
首を傾げて、悪い顔でミーコが笑う。
――ゆうべは晴れてたし、作業もたいしたことなかったんだけど。
出されたコーヒーをすすりながら、俺は昨夜の仕事を思い出す。
――人通りのない、深夜の住宅街。
本島美術館の門の脇に、翠と俺は静かに車を停めた。小学校にあるような鉄でできた門は、さすがに夜は閉ざされていた。
低いその門をあっさりと乗り越え、昼間はガキが充満してた野原みたいな庭を横切ると、黒装束の俺はミーコの合鍵で美術館の二階に侵入した。
防犯カメラ的なものがないのは、便利屋のときに確認済み。館長は寝ているらしく、隣にある自宅は真っ暗だった。
ブルーのメッセージカードと引き換えに、目当ての『春の池』を小脇に抱えて外に出るまで、滞在時間は三分程度だったと思う。
後部座席にそっと絵を乗せると、車内に残っていた翠の運転で俺らは帰宅した――。
そんなわけで、重ねて言うが、作業自体はたいしたことない。
事前に、気に入ってたピンクの髪を黒染めさせられはしたけど(さすがにピンクの髪の目撃情報が出たら俺の無事は保証できないと、すまなそうに翠には言われた)、そんなのもちろん、どうってことなくて。
きついのは、戻ってからぐっすり眠れていないのと……。
俺は、マグの中身をぐいっと飲み干すと、
「ごちそーさん」
ミーコに言って、自分の部屋へ向かった。




