【Case3】2.働いた後のメシはうまい (2)
「いつもありがとうございます。でも、もうちょっとゆっくり召し上がったら?」
いつものことなのか、レジを打ちながら奥さんがくすくす笑うと、
「昔から、刑事は早メシと決まってますんでな」
生真面目な声で警部がこたえる。
「はい、ちょうどのお預かり。ありがとうございました。今度は、椿ちゃんもご一緒にいらしてくださいね」
頭を下げた奥さんに、
「……いやあ、それが相変わらずでして。一緒に出かけるのは、なかなか……」
警部の口調が、急にぐだった。
「あー、ふつつかな娘ではありますが……。あれですな。何卒、今後もよろしくお願いします……」
首の後ろをこすったり、コートのボタンを外したり、ずっとそわそわしていた警部が、
「ああそれと、いつも申し上げておりますが、怪盗ブルーに関することで何か見聞きされましたら、ぜひご一報を」
仕事の話になった途端、元の様子に戻った。
「はいはい。もうそんな、固いことおっしゃらないでくださいよ。田崎さんたら」
顔の前で手を振って苦笑する奥さんにきっちりと頭を下げて、警部は出て行った。
『田崎さん』――やっぱり、あの警部だ。
奥さんの言葉に、俺は確信する。
「……今日は、ただの偶然らしいな」
目だけでそちらを確認した翠が、小声で言った。
どうやらあの警部は、娘共々この「一椀」の常連客らしい。
あの夜の俺の顔は、やはり見られていなかったようだ。気づいていたら、奥さんに最後の情報提供の話はしないはず。
相変わらず、上層部からの捜査への圧力にめけずに、ひとりで怪盗ブルーを追っているんだろうか。
ともあれ、ようやく緊張がとけた俺らのテーブルに、
「お待たせしました。B定三つです!」
柊二がお盆を運んできた。紺色のバンダナから、今どきなかなか見ない黄色い髪がのぞく。
翠とミーコが選んだ今日の俺の夕飯は、豚の角煮だった。
「おー、わかってんじゃんおまえら」
「でしょー?」
見た瞬間テンションが爆上がった俺に、ミーコが親指を立てる。
飴色に煮込まれたバラ肉と、同じ色に染まった根菜とゆで卵。添えられた水菜の緑と白が目に染みる。
「それから、はい! フーちゃんです!」
柊二が一旦奥に入って、すごいスピードで戻ってきたかと思うと、ドヤ顔でミーコに白猫を掲げてみせた。脇に手を入れられてにょろりと身体を伸ばしたフーちゃんが、迷惑そうな顔で柊二を見上げる。
ロボット化していた過去はどこへやら。柊二は最近、せっせとミーコとの距離を縮めようとしている。肝心のミーコには、あまり響いていないけど。
(でも、いいのか? 猫連れてきちゃって)
時刻はまだ夜の八時半。今は店内にいるのは俺らだけだけど、他の客が来たらまずいんじゃねーの? 中には、猫アレルギーの人や、動物が苦手な人もいるかもしれない。
そんな俺の心配など気づくこともなく、
「フーちゃーん!」
隣の席で、ミーコが猫を膝に乗せた。
「メシ、食わせんなよ」
「わかってるってー」
人間の食事は、塩分やら食材やら、猫には毒になるものも多い。
一応注意はしたが、フーちゃんは前の飼い主のおばあさんからペットフードしかもらっていなかったらしく、人間の食べ物にはあまり関心を示さないから安心だ。思えば、よくできた飼い主さんだったんだなー、あのばーちゃん。
ふと前を見ると、茶碗を手にした翠が、ミーコの膝の上のフーちゃんをじっと見ていた。
考えてみれば、ミーコや俺と違って、こいつがフーちゃんに構うところは見たことがない。
「……撫でてみれば?」
猫っていうか、人間も含め、生き物全般とあまり縁なく育ったらしいこいつも、ついにフーちゃんに触ってみたくなったのだろうか。ほほえましいような気持ちで翠に声を掛けると、
「……気分を、害さないかな」
「――は?」
意味不明なことを言われて、俺は肉と一緒に頬張っていた白米が口から出そうになった。