【Case3】2.働いた後のメシはうまい (1)
「疲れたー!」
「一椀」に向かう夜道を歩きながら、ミーコが大きく伸びをした。
「お疲れ様。さすがだったね」
ミーコと俺に挟まれた翠が、にこやかに言う。
あのあと、翠に言われるまま、館長から難なく美術館の鍵を掏ったミーコは、一旦外でコピーを作って帰ってくると、一日の仕事が終わる前にはオリジナルを館長のポケットに戻していた。
作った合鍵を何に使うのかはまだ聞かされていないが、翠のことだ。なにか考えがあるのだろう。
俺だって、まるで人を見る目がないってわけじゃない。この一年間一緒に暮らしてきた、そして不本意ながらも「怪盗」のパートナーとして隣で見てきた翠なら、わけもなく他人の物を掠め取るような真似はしないと断言できる。
だからって、これからも怪盗ブルーを続けたいかって訊かれたら、答えはNOだけど。あくまでも、できる範囲で協力しとくか、ってとこだ。あいつの「相棒」として。
――けど。
「……余裕じゃね?」
俺は不機嫌な顔で、ふたりの会話に水を差した。
「あんな、人を疑うってこと知らねーような、じーさん相手のスリなんて」
「はあ?」
ミーコがでかい猫目をつり上げる。
「ちょっとー! なにその言い方。それに、掏るより戻す方がずっと大変なんだよ?」
「そーかよ。よかったな混ざれて。『怪盗ブルー』」
とうとう、このチビを巻き込んでしまった。世間を騒がす怪盗ブルーに。
俺は複雑な思いで、ミーコから顔をそらす。
いくら悪事らしい悪事は働かないといっても、犯罪は犯罪だ。こいつはまだ未成年だから罪は重くならないけど、成長途中の十六歳だからこそ、いろんな影響が心配で。って、そういう自分や翠も、まだ十九なんだけど。
小さくためいきをついて、俺は見慣れた紺の看板の下の引き戸を開けた。
「こんばんはー」
正面のカウンター席に、中年男性と思われる客が座っているのが目に入った。しわの目立つスーツと、椅子の背に無造作にかけられたトレンチコート。
「あら、いらっしゃい」
「どーも」
手前のレジでなにやら忙しそうにしている奥さんに軽く会釈して、俺らは奥のテーブル席へ向かう。
揃って腰を降ろした直後、
「A定食、お待たせしました」
「ああ、ありがとう」
背後で聞こえた柊二とカウンターの客とのやりとりに、記憶の中の何かが強く反応して、俺は弾かれたように顔を上げた。
正面に座る翠と目が合い、
『田崎警部』
声を出さず、唇の動きだけで告げられて気づく。
ハンドマイク越しに聞いた、あの割れた声とはだいぶ印象が違うけど。
間違いない。カウンター席のあのおっさんは、“双子の銀河”を盗んだときの警官、警視庁の田崎警部だ。
俺はそっと背後の警部の様子をうかがった。
年は、五十過ぎくらいだろうか。エラの張った四角い顔と、ぶっとい眉毛。でかい口の中に、猛烈な勢いで飯が吸い込まれていく。
(……なんでこんなとこにいんのよ? おっさん)
同じ都内とはいえ、桜田門から遠く離れた住宅街の、こんな小さな店で出くわすなんて。
偶然か? あのときは、ヘリにぶら下がった俺の姿は見られたものの、夜の暗さやゴーグルで、目鼻立ちまではわからなかったはず。
それとも、あのヘリの行方を突き止められたんだろうか。だけど、あのあと戻ったのは前のマンションだ。さっきだって、俺らが入ったとき、全然チェックしてる感じはなかった。
動揺してあれこれ考える俺をよそに、翠とミーコが勝手に俺の分まで注文を済ませる。
その間に、カウンターの警部の方は、早くもメシを食い終わったらしく、
「お勘定」
五分もしない内に椅子から立ち上がった。
……速すぎじゃね? いくらなんでも。