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【Case3】1.春の大掃除思いついたやつは、絶対花粉症じゃない (4)

 慌てて座布団の上で座り直す俺を、隣でニヤニヤしながらミーコが見ている。なんかおまえ、感じ悪くね? 今日。


「ここはもともと離れで、隣に母屋があったんですけどね。画廊を辞めたとき思い切って建て替えて、あの美術館にしたんですよ。夢だったんです。自分の好きな絵を、予算を気にせず展示するのが」


 孫みたいな年の俺らに嬉しそうにそんな話をする館長の、なんかこう初々しい感じに、俺は思わず胸がキュンとした。

 マジか。いいじゃん、夢をかなえた人生。家はボロいけど。


「なかでもあの、『春の池』」


 慈しむように発せられた「はるのいけ」という音が、あの絵が大切なものであることを感じさせる。


「あれは、僕がこの美術館を始めるきっかけになった絵なんです」


 賄いのおにぎりとおかずを食べつつ、俺らは館長の話に聞き入る。


「実は僕も、その昔、美大に通っておりましてね。なんとか入学できたはいいが、すぐに自分の才能に絶望した……いや、絶望というのもおこがましいか。かなわない、と悟ったんです。まわりの学生たちの、溢れるような才能に接して。あの『春の池』を描いたのも、そんな友人たちのひとりでした」


 こぽこぽと年代物のポットから急須にお湯を入れながら、館長が遠い目をした。


「絵描きとしても、それ以外の面でも、魅力にあふれた素敵な人でしてね、彼女は。そんな風だから、神様に愛されすぎたんでしょうかね。三十になる前に、病気で召されてしまった。そのころ僕は、とうに自分で描くのはやめて、画廊に勤めていたんですけど」


 四人分の湯呑みにお茶のおかわりを注ぎながら、館長が言う。


「彼女の絵を、もっと見たかった……。そして、もっとたくさんの人に見てほしかった。なかでもあの『春の池』、あれは、多くの人に見てもらう価値のある絵だと思ったんです」


「……わかります」


 静かな翠の言葉に、


「ありがとう」


 館長は晴れやかな笑顔になった。


「お恥ずかしい話ですが、うちもよその美術館と同様、なかなか利益を出すのが難しい状況でしてね。あと一年ほどで、畳むことになりそうです。僕は家族もいないから、死んだら建物ごとどこかに寄贈できたらと思っていたのですが、それもなかなか難しそうで。それでも最後に、皆さんのような若い方々に見ていただけて良かった」


 そうだ、食後にみかんを取ってきましょう。そう言って、館長が台所に立った隙に、翠がミーコに囁いた。


「……ミーコちゃん。アップはできてる?」


 ミーコの顔が、ぱあっと輝いた。





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