【Case3】1.春の大掃除思いついたやつは、絶対花粉症じゃない (3)
「ドゥルンドゥルンドゥルン!」
「やったぞ! 俺たちは! ヒュー!」
「急げ! ピンク◇△だ!」
「ちょ、おい! 聞けよおまえら! だから、放せってコラ!」
やべえ。花粉症用のマスクのせいで、どなっても声が通んねえ。
腰にぶら下がったチビたちにおたおたしている俺を、
「お? モテモテじゃん、こーちん」
隣でニヤニヤしながら眺めてるミーコ。
助けを求めて翠の方を見れば、こっちはこっちで、いつのまにか女子とお母様方に囲まれて、しかもじりじりと距離を詰められている。
そのとき、
「君たち、お兄さんを困らせちゃだめだよ」
穏やかな声に振り向くと、赤いベストにくたっとした帽子をかぶった、白髪のじーさんが立っていた。
「便利屋さんですかな? すみませんでしたね、子どもたちがはしゃいでしまって。館長の本島です」
帽子を取って笑う痩せた姿が、絵本の中みたいな背景にめちゃくちゃしっくりきてる。
館長のおかげでようやくちびっこ(とその母)たちを引きはがした俺らは、今日の仕事場の美術館に足を踏み入れた。
外はぽかぽかした春の日差しだけど、建物の中はひんやりとしている。一階にある図書館みたいな絵本コーナーも、休館日の今日は窓にロールスクリーンが降ろされて薄暗い。
館長の案内で、俺らは二階に上がった。
「美術館っていっても、普通のお掃除なんだねー」
「だな。絵の手入れとか、わかんねーもんな俺ら」
慣れない美術館にきょろきょろしながら、ひそひそ声でしゃべるミーコと俺。そんな俺らに構わず、さくさくと作業の分担を指示する翠。
二階の展示室で、俺らは作業を始めた。
いくらピカソやゴッホみたいな有名画家の絵はないといっても、うっかり美術品になにかやらかしたら大変だ。館長に指示された通り、まずは絵の額縁にだけ、そうっと羽のはたきをかける。このあと埃が落ち着いたら掃除機をかけ、階段と一階とトイレも掃除して、建物の外回りを箒ではいたら今日の仕事は終わり。
ミーコは最近、「そろそろ外に出ても大丈夫な気がする」そうで、便利屋の仕事先が近場のときは同行するようになった。
翠や俺と同じ水色のつなぎに、高い位置でまとめたポニーテール。念願のブルーの仕事ではないものの、外出できて嬉しそうだ。翠と俺も、今日みたいに女子トイレの掃除があるときなんかは、ミーコがいてくれると超助かる。
この二階に展示されているのは、昔画廊を営んでいたという館長が個人で集めた絵らしい。うちからもそう遠くない、こんな住宅街の中に美術館があるなんて、今まで全然知らなかった。
なかでも、一番目立つ正面の壁の中央に飾られた絵が、俺の目を惹きつけた。
『春の池』とタイトルの付けられたその小さめの水彩画は、淡い色彩で描かれたどうってことのない風景画なんだけど。眺めていると、柔らかい風に頬を撫でられてるみたいな、なんともいえない落ち着いた気分になる。
ふと翠に目をやると、あいつも俺と同じように『春の池』が気に入ったのか、作業の途中で手を止めてじっと見ていた。あまり感情を出さない、っていうより、ものごとに執着しないあいつにしては、珍しい姿だ。
だから、
「気に入った作品は、ありましたか?」
敷地内にある古そうな自宅で、昼の賄いを出してくれた館長にたずねられたとき、
「『春の池』が好きです」
即答した翠に、だろうな、と俺は思った。
「それは嬉しい」
館長のじーさんが、白い眉毛の下の目を細める。
(しっかし、ボロい家だな)
四人で低い和風の机を囲んで昼メシを食いながら、俺はついあちこちに視線をやる。
昭和! って感じの小さな平屋は、さっきまでいた隣の美術館とは別世界だ。
畳に座ってメシ食うとか、何年ぶり? 重たい木の机(座卓というらしい)に、まさかの砂壁。
「古い家で、珍しいでしょう」
そんな俺に、館長が人のよさそうな笑顔で話し掛けてきた。




