【Case3】1.春の大掃除思いついたやつは、絶対花粉症じゃない (2)
「なー。マジおとなしくしてろって、ミーコ」
「なんで? あたしだって、スリならできるって。こーちんみたいな嘘発見器はないけどさー」
変なタイミングで自分のことを言われて、俺はちょっと面くらう。
そういえば、こいつも翠と同様、俺の能力――他人の嘘の“響き”がわかるっていうのを、すぐに信じてくれたんだよな。同居始めたころ。
「……今さらだけどおまえら、よく信じられたな。俺の話」
思い出して、ちょっと感心しながら俺は言った。
たとえばの話。誰かがなんか、すぐには信じられないような変わった話をしたとして、それを信じるのは、俺にとってはそう難しいことじゃない。
だって、わかるから。相手の話が本心から出たものか、そうじゃないかが。
細かいこと言えば、たとえ本心から出た言葉でも、それがそいつの思いこみや誤解によるもので、事実じゃないってことはあるけど。少なくとも、故意に騙されることはないんだ。他人の嘘がわかる俺は。
けど、普通は違うじゃん?
俺だって、コンディションによっては“嘘”が聞こえないときもあるけど。世の中的には聞こえないのが通常で、そんな中でみんな、手探りで判断してんだよな。相手の言葉が、本当か嘘か。
だから感心した。突拍子もない俺の話を、さらっと信じてくれたこいつらに。
そもそも、かなり親しい相手にしかしてないんだけど、この話。それでも、元ラグビー部の蓮とかでさえ、冗談だろって最初はネタ扱いしてきたのに。
今だって、ほとんどのやつらは俺のこの能力のこと、「調子いいときは相手のしゃべり方で嘘かどうかわかる」くらいに思ってるはずだ。心理テストとかみたいな、能力っていうより特技って感じで。まあ、実際その程度のもんだけどな。
俺の言葉に、
「だってあたしもあるしね、“勘”。人にはうまく説明できないのも、一緒だし」
あっさりとミーコがこたえた。
確かにこいつも、理屈では説明のつかない独特の能力を持っている。
……でも、翠は。
俺がそっちに顔を向けるより早く、
「残念ながら、俺にはそういう力はないけど」
俺の考えを読んだように、翠が口を開いた。
「恒星たちの話をすぐに信じられたのは、以前から聞いていたからかもしれないな。そういった“能力”のことを」
長い指をテーブルの上で組んで、ふんわりと翠が微笑んだ。
「君たちみたいな“能力”のある人……そういう人を、知ってるんだ。他にも」
「ヒュー! ダダダダダ、ドーン!」
「待て! おまえはもう、△Σ§だ!」
住宅街の中にある開けっ放しの鉄製の門を入ると、あちこちから子どもの声が聞こえてきた。門の脇では大きな桜の木が、蕾のついた枝を重たそうに広げている。
久しぶりに靴底に感じる、土の上を歩く感触。広い敷地の中は、いろんな花の咲いた花壇を除けば(かろうじてチューリップだけわかった)、庭っていうより野原みたいな感じだ。
その中に散らばるちびっこたちと、日傘を差しておしゃべりしてるお母さんたち。そーそー、UVカット大事。三月の紫外線って、なにげに破壊力あんのよ。
「助けてやる! どうするんだ!」
「バシーン! やったぞ! おれはもう、▲◇で□●だから!」
意味不明というか、もはや謎でしかない叫び声をあげながら、目の前を走っていくガキども。
「保育園かよ」
つぶやくと、
「この庭は、地域の人に開放しているらしい。春休みだから、いい遊び場になっているようだな」
水色の便利屋のユニフォームを着た翠が、並んで歩きながらあたりを見回した。
正面に見える、レンガ造りのこじんまりした建物。
「本島美術館」――私設の小規模美術館の清掃が、「便利屋・ブルーオーシャン」の今日の仕事だ。一階は読書もできる絵本の展示スペース、二階には油絵や水彩画が展示されているという。
「ドカーン!」
建物に向かう俺の腰に、叫びながらガキがぶつかってきた。
「おっと」
勝手にぶつかって勝手にひっくり返りかけたチビを、危ないところで受け止めた俺に、
「確保! ピンク◇△! おまえはもう、▲Ψだ!」
「ドゥルンドゥルンドゥルン! 離れろピンク◇△!」
なぜか嬉々として、次々にとびかかってくるガキども。
「……おい、危ねーから。っておい! やめろって!」
やばい。謎呪文のオスガキに囲まれた。
てか、ピンクなんちゃらって俺のこと? やっぱ髪色由来? ちっくしょ。
しばらく前に染めたピンクの髪は、自分では気に入ってんだけど周囲からはよくいじられる。元ラグビー部の蓮に言わせると、軟骨ピアスとの合わせ技で、今の俺は見た目「どチンピラ」らしい。仕事だから、今日はピアスは外してるけど。