【Case3 怪盗ブルーは二度春を愛でる ~だから盗るより返す方が大変なんだって~】 1.春の大掃除思いついたやつは、絶対花粉症じゃない (1)
朝の光が差し込む、天井の高いリビングダイニング。南向きの大きな掃き出し窓の向こうで、庭木の緑が風に揺れている。
「――ぶえーっくしょい!」
春だ。スギ花粉の季節だ。
「ちょ、やだもー! 信じらんないこーちん!」
おもいっきりくしゃみをした俺に、テーブルの角を挟んだ席でミーコがぎゃーぎゃー言う。
「……うっせーな」
鼻をかみながら横目でにらむ俺の、治安の悪い顔をまるで気にせず、
「ごはん中にそんなくしゃみする? 普通」
箸を持った手を振って騒ぐミーコ。
「……起きてすぐが一番クんだって。ちゃんと横向いたからメシは無事だろ」
「無事とかあたりまえだし!」
「てかおまえ、人に箸向けんな」
「もー、最悪。くしゃみデカすぎ。おじさんみたいこーちん」
素直に箸は下げながらも、さらに文句を言うミーコに、
「……うるっせーな」
朝っぱらから俺もスイッチが入る。
「おまえ、おっさんのくしゃみっつったら、こんなもんじゃねーからな? 『へっぶし!』の後で、『ちきしょー』とか、『このヤロー』とか、」
「もー、話長いー」
「聞けよ!」
おまえが言い出したんだろーがよ!
どなりながらふと正面を見ると、そんな俺らを、向かいの席から翠がにこにこと眺めていた。
いつもながら眩しい、アイロンのきいた白シャツ。
俺と目が合っても何も言わない翠に、
「……」
何だよ、と視線で促すと、
「兄妹喧嘩って、こんな感じなのかな、と思って」
楽しげに言って、やつは優雅にオムレツを口に運んだ。
広いダイニングテーブルの上、シャンデリアの照明を受けて、銀色に光るナイフとフォーク……って、騒々しい中ひとりだけ晩餐会みたいな空気出してんじゃねーよおまえは。
「はあ?」
きれいな顔に、俺は思いきりすごんでみせる。
ふざけんな。こんなうるせー妹、持った覚えねーわ。
言いかけたとき、
「あ、わかるそれー」
ミーコが翠に向かってうなずいた。
「欲しかったかも。こーちんみたいなお兄ちゃん」
「……」
……なんだよ。いきなりかわいいこと言い出してんじゃねーよ。
予想外のリアクションに言葉を失った俺は、無言でトーストに噛みつく。
やべー。今ちょっとにやけちゃってるかも、顔。
「てかさー、翠君」
ふーふーとマグに入ったコーンスープを冷ましながら、そこでミーコが話題をとんでもない方向に変えた。
「あたしもなんかしたい! 怪盗ブルー」
ぶほ、と俺はトーストにむせる。
「こないだなんか、ブルーのこと知らない柊二君まで参加してたのにさー。あたしだけ仲間外れじゃん?」
「……おまえ! だから、JKは黙ってろって言ってんだろーが!」
ようやくトーストを飲み込んでどなった俺に、
「もうJKじゃないもーん」
ひとつも動じず言い返すと、ミーコがすぐまた翠に向き直る。そういえば、(多分)退学になってんだったわ、こいつ。
「ねー、翠くーん」
「……そうだね」
ゆっくりと紅茶のカップをソーサーに戻した翠が、ミーコに微笑みかけた。
「考えておくよ。忘れずに、ウォーミングアップしておいて」
「やったー!」
「……おい、翠!」
何考えてんだかさっぱりわからんキラキラの笑みに、俺は噛みつく。
高校生じゃなくても、まだ十六歳だぞこいつ。しかも、女子だし一応。泥棒なんて、巻き込めねーから。
「了解しました翠君!」
そんな俺に構わず、ミーコがびしっと右手をあげた。
いや、いつも思うけどこいつ、態度違いすぎねえ? 翠と俺とで。




