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【Case2】3.重なる軌跡 (1)

『――先日大規模な食品偽装が明らかとなった、ホテル・マヤマのフランス料理店『ラ・ナチュール』について、今年の「ムシュランガイド東京」に同店が掲載されないことがわかりました』


 ダサいネクタイを締めたアナウンサーが、眉間にしわを寄せてカメラに語り掛ける。


『調べに対しホテル側は、他のホテルに対抗して宿泊費を値引きしたことにより生じた赤字を穴埋めするため、『ラ・ナチュール』の看板料理“ザ・マヤマ”等に使用する食材を安価な物に変更した後も、グループ直営農場で生産した等の不適切な表示を続けていたことを明らかにしました。

 なお、怪盗ブルーから届いたとされるメッセージカードについては、今のところ該当する被害はみつかっておらず、カードを届けた人物の足取りについても不明とのことです。

 ムシュランガイドの星を剥奪されたことについて、同店に質問したところ――』


「……で、結局なんだったわけ? 今回は」


 リモコンでテレビを消してソファに座り直すと、俺は翠にたずねた。


「また店から依頼されたパターン? 内部告発とか?」


「……厳密に言えば、違う」


 ローテーブルの向こうで、翠が優雅に首を傾げる。


「ムシュラン一つ星店の新進気鋭のシェフが、プライベートに問題もないのに良くない酒の飲み方をしていれば、気づく人は気づくものだよ。なにかしら、職場に問題があるということに。あとは、ホテル・マヤマの経理システムで、ホテル本体の経営状況や食材の仕入れの動きを確認すれば、おおかたのところは推測できた」


「……経理システムのハッキングって、おまえそれ普通に犯罪……」


 言いかけて、そばにミーコがいることを思い出し、俺は口をつぐんだ。お子様には聞かせらんねーわ、こんな話。


「ハッキングではなく、クラッキングと呼んでほしいな。できれば」


 俺の気も知らず、すました顔で言う翠。

 てか、「酒の飲み方」って。全国各地のバーにスパイでも放ってんのかおまえは。


「じゃあ、正義のためだったの? 今回の作戦」


 俺の隣でクッションを抱き締めて言ったミーコが、「かっこよすぎー!」と転がるのに、


「そういうわけでも」


 翠が苦笑する。


「総料理長っていうんだっけ? マスコミの突撃取材で、意外とあっさり吐いたよな。食材の偽装」


 怪盗ブルーは、ホテルに置かれたメッセージカードと同じものを、マスコミ各社にも送りつけていた。

 テレビで見た偉そうな顔のおっさんを思い出しながら言う俺に、


「権威を笠に着る人間は、自らも権威に弱い。あのムシュランの調査員に素材の違いを指摘されたことで、隠匿は不可能だと思ったんだろう」


 淡々と翠がこたえる。


 何者かにより、ホテルの監視カメラにブルーのものとされるカードがかぶせられた事件については、具体的な被害は監視カメラが数分間使えなくなった程度で、質の悪いいたずらとしかみなせないことから、警察の捜査は打ち切られたそうだ。怪盗ブルーをかたる愉快犯の仕業という見方もあるらしい。おそらく、これ以上食品偽装騒ぎを大きくしたくないホテル側の意向も働いているのだろう。


 翠によると、くだんの店のシェフは店を辞めたらしい。この先どこでどんな仕事をするのかは知らないが、去り際に「今度はちゃんと、自分の皿を守りたい」と言っていたという。


 細かいことはわからないけど。

 ぼんやり、俺は思う。


 誰だって、ときには自分よりずっと大きな何かから、大切なものを守りきれないこともあるだろう。


 ムシュランの星っていうのは、生半可な努力でとれるようなもんじゃないはずだ。

 もしもそのシェフにまだ、当時の情熱が残っているなら。料理人っていう仕事を、続けられるといいよな……。


 んーっとソファの背もたれに倒れこんで伸びをしながら、


「……え? じゃあもしかして、金になんねーの? 今回の仕事」


 気づいて、俺は声をあげた。


「なによ。無駄にあのホテル出禁できんになったわけ? 俺」


 ぼやく俺に、


「もともと、あんな高いホテル行く予定ないでしょ、こーちん」


 余計なことを言うミーコ。


「なくはねーわ。見てろよおまえ、俺だって就職したら、そのうち勝負デートでなあ」


 言いかけた俺にかぶせるように、


「……そのころまで、存在していればの話だけどね。あのホテルが」


 翠が、なんともいえない凄みのある笑みを浮かべた。


 右耳できらりと光る、プラチナのピアス。

 ひんやりした笑顔の迫力に、思わずミーコと顔を見合わせた俺だったが、ふと、翠の台詞が別の意味にもとれることに気づく。


「なんだよ。翠おまえ、俺が一生あんな高級ホテル縁がないみてーな言い方」

「誤解だ」


 わざと喧嘩腰で言った俺に、翠が両手をあげてみせた。ケガの治りかけた右手には、包帯ではなく湿布。


「いーや、今のはそういう言い方だった」

「恒星、そんなわけ」

「馬鹿にしてんだろおまえ、俺のこと」

「いや、だから」

「あーあ、あんなに包帯巻いてやったのによー」


 絡む俺と、ひたすら焦る翠を、


「ちょっともー、やめてよこーちん! 翠君も、いちいち真面目に返さなくていいから!」


 ミーコが一喝した。



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