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【Case2】2.盗まれたレシピ (6)

「……!」


 俺は今、人生二度目の生命の危機に瀕している。


「あはは! 恒星さん、どんぴしゃでしたね!」

「……いや、そっちこそ神だったわ」


 内心の動揺を隠して、俺は懸命に口角を上げる。


 ホテルを出て、さっき降ろされた二ブロック先の道路を曲がった瞬間、俺は約束ぴったりのタイミングで現れた柊二の車に拉致られるように拾われて、帰路についたわけだが。


 ――そりゃ確かに、頼んだよ? 「なるはやで」って。

 頼んだけどさ。


 なんで? 狭くて混んでるはずの都心の道路で、どうしてこんなスピードが出てんの?


 ちょっと店長。どーなってんすかこの車?


「ねえ恒星さん、大丈夫ですかねー? 動画」


 ふざけてるようにしか見えない速さでギアを変えながら、柊二が車内にセットしたカメラに目をやった。


「……おかげで、いい動画撮れそうだわ」


(いいから前見て運転に集中しろおまえはー!)


 歯を食いしばりながら、俺は必死で冷静な声を出す。


「しっかし、大学生で起業ってすごいっすよね、翠さん。やっぱ金持ちは違うなー」


「……だな」


 俺らの今住んでる家が結構でかいことから、「一椀」の人たちは翠のことを金持ちの坊ちゃんだと思っているらしい。まあ、当たってるけど。


 柊二には今回、セレブが作る道楽動画の素材作りの依頼が便利屋に来たと説明している。(前回宝石盗むときに翠が俺に伝えたのと同じ嘘っていうのはアレだが、まあ実際多いんだわ、その手の依頼)


 必要なのは、車内から見た一般道を飛ばす景色と、都心を歩きまわるサラリーマン目線の、二種類の動画。ケガであまり動けない翠の代わりに、依頼人の指定したコースを運転してもらえないか、と頼むと、運転好きの柊二は予想通りほいほい乗ってくれた。おかげで翠と俺は、腕のいいドライバーに加え、車まで手に入れたわけだけど。


「……なあ。さすがにちょっと、速すぎねえ?」


 助手席からおそるおそる声を掛けた俺に、


「はは、大丈夫っすよ! 自分、持ってるみたいで。みつかったことないっす、警察」


 笑ってこたえる柊二。


 ……いや。いくら広い道でも、これはさ……。

 もはや形もとどめず、溶けてただの色になって後ろに吹っ飛んでいく、窓の外の景色。


 誰か褒めてほしい。この状況で、乗車後すぐに眼鏡とウィッグを外して、スーツを脱ぎながら笑顔で柊二の世間話に相槌うってる俺を。


 ありえないレベルのGで全身をシートに押しつけられたまま、俺はこわばりきった笑顔で、心を無にして前方をみつめていた。





 監視カメラの画面の異常により、怪盗ブルーから届いたカードはすぐに発見された。


「シェフはいるか?!」


 ランチタイムを終えたばかりのフレンチレストラン「ラ・ナチュール」に、恰幅のいい年配の男性が飛び込んできた。最近マスコミへの露出の多い、ホテル・マヤマの総料理長だ。その後ろには、緩んだ身体をサイズの合わないパンツスーツに包んだレストランマネージャーの女性の、血の気のない顔が控える。


 コックコートで厨房から出てきたシェフを強引に連れ出したふたりは、人通りのない廊下の陰に場所を移した。


「ついさっき、支配人から連絡があった。どういうことだ! 怪盗ブルーが、“ザ・マヤマ”のレシピを盗んだとは」


 スーツ姿の総料理長が、シェフに向かって声を荒げる。

 マネージャーに手渡されたブルーのメッセージカードのコピーを眺めていたシェフが、むっつりとした顔で答えた。


「……何の話ですか? レシピ集はいつもの保管場所にありますし、実際に作ったレシピにしても、お客様に“ザ・マヤマ”をお出ししたときにはなにもおかしなことはありませんでしたよ。……味なら、今朝の定例チェックで総料理長にご確認いただいたばかりじゃないですか」


 どこか皮肉っぽく付け加えたシェフの言葉にかぶせるように、


「他に考えられるのは、”ザ・マヤマ”を召し上がったお客様からの、何らかの形でのレシピの流出ということになりますが。今のところ、なにか変わった様子のお客様がいらっしゃったという情報も届いておりません」


 マネージャーも、せわしなく瞬きしながら言う。乱れた髪と、口紅の落ちた唇。怪盗ブルーの一報以来、ホテル内を文字通り走り回っているのだろう。


「しかし、カードにはその通り、『いただきました』と」


 総料理長の言葉に、


「ばかばかしい。意味ないですよそんなの」


 シェフが腕を組んで眉をひそめた。


「そりゃ、紙なりデータなり、レシピを記録したものを盗み出すことはできるだろうけど、“ザ・マヤマ”のレシピはもう、俺の頭の中に入ってる。そもそも、レシピ自体秘密にしてるってわけでもない。レシピさえあれば同じ物を作れるってんなら、やってみりゃいいんだ」


 その顔には、たとえレシピを知られたところで“ザ・マヤマ”と同じ品質の料理を作り上げることは不可能だという、自分の技術に対する自信が溢れている。


 ふと、シェフの口調が変わった。


「……それに、《《今日実際にうちで出した皿のレシピ》》なんて、いくら怪盗でも変えられるわけがないんだ、厨房に入らない限り。ランチで出た“ザ・マヤマ”だってもちろん、『決められた通り』に作りましたよ? ……そんなの、お二人や支配人の方がご存じでしょう?」


 総料理長とマネージャーの顔色が変わった。


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