【Case1】1.怪盗ブルー登場 (3)
『――調べによりますと、『怪盗ブルー』を名乗り、銀座の真山第一美術館から展示中の宝石二点を盗んだ犯人は、十代後半から二十代とみられる若い男性。身長は百七十センチから百八十センチ程度で、手足が長く細身。黒っぽい服装で顔にゴーグルをつけ、頭にニットキャップのようなものをかぶっていた模様です。警察では引き続き――』
「……ふーっざけんなよ!」
怒りに任せて床に叩きつけたリモコンが、嫌な音を立てた。目の前の、巨大な壁掛けテレビのニュース映像が消える。
「……」
俺は頭を抱えて、ソファに座り込んだ。
(――意味わかんねえ。マジで)
ついさっき、仕事を終えて翠のマンションに戻ってきたばかりだ。
ヘリから車へ、また別の車へと乗り換えながら、途中で全身真っ黒の特殊素材の服も着替えて、ようやく任務完了……のはずが、どうにもあの「警察」騒ぎが気になって。
うちに着いて、ちょうど朝のニュースの時間だと、胸ポケットに成果品の入った上着をダイニングテーブルに置いたついでに、リビングのテレビをつけてみたら。
世間は、いや、俺は、一夜にしてえらいことになっていた。
(……怪盗? 予告状?)
は? 理解、できないんですけど。
どういうこと? 話違うじゃん。
俺はただ、ちょっと変わった依頼ってことで、いつも通り翠の指示で動いただけで――そうだ、翠。
テレビの前のでかい革のソファに身体を沈め、ぐしゃぐしゃとカラーリングしたばかりの金髪をかき回していた俺は、そこではっとして手を止めた。
玄関からこの部屋に来る途中、浴室前の廊下で聞こえた水音。
そうだよ。優雅に朝のシャワーを浴びてるあいつが出てきたら、事情を聞けば――。
コン、ココン。
ちょうどそのとき、リズミカルなノックの音と共に、リビングのドアが開けられた。
「おかえり、相棒」
朝の光の中、爽やかすぎる笑顔で入ってくる、真っ白いバスローブを羽織ったイケメン。
まだ乾ききってない黒髪の下で輝く、なっがい睫毛に縁どられた目と、右耳に白く光るプラチナのピアス。
こんなときではあるが、いつもながらこいつのゴージャス感というかキラキラ加減は、モデルルームみたいなこの部屋にぴったりだ。
きっちり左右対称に上げられた口角に軽く圧倒されながら、
「ただい……おまえ、サムくない? それ」
極度の疲労と混乱のせいか、俺はつい、普段なら我慢するひとことを口にしていた。
いつも思うんだけど。
何なの? こいつのこの、「相棒」って呼び方。
映画の吹き替えかよ。こんなん実際に言ってるやつ、見たことねーし。
――まあ、ゆうべ美術館の屋上で言われたときは、おかげで妙に冷静になれたけど。
「え? 『寒い』って……ああ、バスローブはあまり着られていないんだよな、日本では。俺はずっとこれだから、別に寒くは」
一瞬きょとん顔になった後、俺の言った「サムい」がわからず文字通り「寒さ」について説明し始めた翠に、
「じゃなくて……もーいい」
俺はうんざりして、話を打ち切る。
バスローブもアレだけど、今はそこじゃねーし。
ほんと、こういうとこだよなこいつ。やりづれー。
そんな俺の態度を気にとめた様子もなく、
「ゆうべはお疲れ様。恒星のおかげで、すべてうまくいったよ」
にこやかに言う翠。
「てか、おまえ!」
げんなりしていた俺は、そこで思い出して立ち上がった。
「なんだよあの警察? 本物だったのかよ? 『怪盗ブルー』って、何の話だよ!?」
「……ああ、その話」
ぎゃんぎゃん吠え出した俺に、キラキラのスマイルのまま翠がしれっとこたえる。