【Case2】2.盗まれたレシピ (3)
猫は家につくっていうし、既に前の飼い主さんの家から一回引っ越してるわけだし。家出とか怪盗とかいってる俺らが飼うより、もっと落ち着いた環境で暮らす方がフーちゃんのためだ。
「えーでも飼いたいー、猫ー! 昔っから飼いたかったのに、うちお父さんが猫ダメでさー」
大声を出したミーコに、
「……猫?」
レジで柊二に操作を説明していた奥さんが、不思議そうに振り向いた。
「……なるほどねえ」
譲渡団体に渡さず、自分たちでフーちゃんを飼いたいけど、学生だし生活が落ち着いてなくて責任が持てない、という俺の説明に、テーブル脇で奥さんがうなずく。
「譲渡の人たちに渡して、もしも誰かにもらわれちゃったら、もう会えないですよね!」
ふくれるミーコ。
いや、「もしも」っておまえ、もらわれんのが目的なんですけど? 譲渡団体。
向かいの席の翠は、包帯を巻いた手で、無言でハンバーグに集中している。
「でも、いくら飼いたくても、面倒みきれないんでしょ? ならしょうがないわよね?」
小気味よく奥さんに言われて、ミーコがしぶしぶうなずいた。
(そーそー。ガツンと言っちゃってくださいよ)
俺はその隣で大きくうなずく。
翠や俺の説得だと小学生並みの反応しかしないミーコも、さすがに外ではききわけがいいらしい。
「じゃあね。こういうのはどうかしら?」
首を傾げた奥さんに、
「あ、なんかアイディアあったら、ぜひ」
俺はくいついた。
さすが四十代(推定)、うまいこと話まとめてくれそうだな、奥さん。
四十代(推定)の貫禄を見せた奥さんは、にっこり笑うと、
「……うちで預かってもいいかしら? その猫ちゃん」
予想外の発言で、俺の度肝を抜いた。
「いらっしゃいませ」
ようやくミーコの前でも噛まずにしゃべれるようになった柊二が、笑顔で俺らを出迎える。
夜の九時半をまわって、アルコールを出さない「一椀」にはほとんど客が残っていない。最後の一組も、俺らが席に着くのと入れ替わりに会計を済ませて出て行った。
あれから俺らは、店の二・三階の店長夫婦(と柊二)の家で飼われることになったフーちゃんに会いに、週一ペースでこの店に通っている。
当初は「食い物屋が動物飼ってどうすんだ!」ってキレてたらしい、強面スキンヘッドの店長(推定・五十代)も、一晩フーちゃんと一緒にすごしたら、すっかりデレデレになったのだとか。
「うちは、子どもがいないから」
おっとり笑って奥さんは言ったものの、
(……ここんちの実権は、奥さんが握ってる、と)
店長夫婦の力関係を確信した俺は、今後このかわいらしい奥さんには決して逆らわないようにしようと、固く決意していた。
うん、気づいてたけど。薄々。
「はい、お待たせ。B定三つとフーちゃんですよー」
八宝菜と杏仁豆腐の載ったお盆三つを器用に運ぶ柊二に、猫を抱いた奥さんが続く。
にゃん、と甘えた声を出してミーコの膝に飛び乗ったフーちゃんを、
「フーちゃあん!」
ミーコが思いっきり抱きしめた。
うまいメシを食って、さんざん猫を撫でくり回して。すっかり満足して家に帰って、そのままソファにダイブしたミーコと俺の前に、翠がぽんと書類を投げた。
「怪盗ブルーの、次の仕事だ」
「……は?」
俺は寝転がっていたソファから慌てて起き上がる。
艶のある木製のローテーブルの上に広げられた、ホテルのパンフレット。