【Case2】2.盗まれたレシピ (2)
「この子は、昔っから車が好きでねえ。免許取ったらもう、学校そっちのけになっちゃって」
奥さんが苦笑して言った。
「見かねた妹夫婦に、預けられちゃったの。皆さんとは年も近いし、仲良くしてもらえたら嬉しいわ」
夕飯時には少し早い時間、店内にはまだ他の客はいない。
「高三?」
俺は柊二に声を掛けた。免許を取ったということは、十八の誕生日は過ぎているはずだ。俺が免許を取ったのも、高三の秋だった。
「……そうっす。あ、中退ですけど」
少し落ち着いてきたらしい柊二が、恥ずかしそうにうなずく。
「車、好きなんだ」
「あ、はい。地元、ちょっと山の方行くと、いい峠とかあったんで。通いすぎて、出席たりなくなりましたけど」
俺らとは微妙に違うイントネーション。全然知らないけど、名古屋弁なのかも。
「まあ、勉強苦手だし。東京行けるなら、それはそれでラッキーだなって」
緊張がほぐれたのか、人の良さそうな顔で柊二が笑う。
(……かっるー)
あまりに軽い口調に、つられて俺も笑ってしまった。
そっかー。峠、攻めすぎちゃったか。
てか、え? 走り屋なのこいつ? こんなほのぼのした顔で?
「それなら、恒星と俺の一つ下だね。仕事、頑張って」
翠が言うと、柊二は急にまたもじもじし始めた。
「……あ、あの、じゃあ、……ミミミ、ミーコしゃんは」
あっさりロボットに戻った柊二に、
「あたしは高一だけどー……えっと、休学中?」
ミーコが翠と俺を交互に見る。
「家庭の事情で、しばらくうちで預かってるんです」
ミーコの従兄という設定の翠が、しれっと柊二と奥さんに言った。ちなみに、俺はひとり暮らしの学生で、翠の家に下宿しているという設定だ。うん、従兄はさておき、どっちもあながち間違いではない。
「そうそう。休んでも、辞めずに卒業した方がいいわよ、高校は。通信とか、今はいろいろ種類もあるしね。もうほんと、何べんもそう言ったのに、この子はまったく」
奥さんがぶつぶつ言い出したところで、
「Aひとつと、Bふたつ!」
奥から店長の声がして、これ幸いと柊二は料理を取りに小走りで厨房へ消えていった。どうやら、柊二がもたもたしている間に、奥さんがオーダーを通していたらしい。
「……」
俺は、隣に座ったミーコの顔を眺めた。
ひとめ惚れ、ねえ。こんなチビに。うーん。
「なにー?」
のんきな顔で、ミーコが俺を見返す。
そりゃまあ、去年駅で拾ったころに比べれば、毛並みが良くなったっつーか。険しかった目つきが落ち着いて、ほっぺたも丸くなったけど。
かわいいっていうよりこれは……うん、あれだ。
「アンドロイドみてーな顔してんな、おまえ」
でっかい目も、つるっとした卵型の顔も。
うんうんとうなずく俺に、
「はあ? なんかムカつくー! そこは『お人形さんみたい』でしょ?」
ミーコがキレたところで、料理が届いた。
「……ねえ。やっぱさあ、うちで飼えないかなー?」
箸でハンバーグを二つに割りながら、ミーコがじっとりと俺と翠の顔を見上げる。
中からとろりと流れ出る、とろけるチーズ。家だと、この加減がなかなか思った通りにいかねーんだよなー。
「……何度も言っただろ」
俺は唐揚げにレモンを絞りながら、目を合わせずにミーコにこたえた。ほんとはレモンはかけない派なんだけど、肉の鉄分の吸収に効果的だし、残すのも気分悪いし。
話題はもちろん、猫のフーちゃんのことだ。
そりゃあ俺だって、ほんの数日間一緒に暮らしただけで、十分情は湧いちゃってる。あの賢くて人懐っこい白猫に。毎朝四時にメシって起こされんのはきついけど。
そうはいっても、この先自分やミーコがいつまで翠の家にいるかもわかんねーのに、動物飼うとか無責任だし。てか、俺は出ていくつもりだったのが、ミーコが来てからのあれこれでうやむやになってるだけなんだけど。
ミーコに至っては、今この瞬間にだって、親父さんにみつかったら即荷物まとめてどっか逃げなきゃなんないわけで。それに、万一そうなったら翠だって、あの家から引っ越さなきゃならないだろう。前のマンションみたく。