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【Case2】2.盗まれたレシピ (1)

 数日後の夕方、俺たち三人は、行きつけの定食屋に向かっていた。


 新居の近くでこの店を発見して以来、今日みたいに俺が忙しくて食事を作る余裕がない日は、コンビニ弁当を買うよりここに来ることが多くなった。料理の腕は、残念ながら翠だけでなくミーコも「伸びしろしかない」ので、よほどのことがない限りやつらに食事の支度を任せる気にはならない。


 金持ちの割には堅実というか、あまり外食をしない翠だが、手頃な値段でうまい家庭料理を出してくれるこの店はお気に召したらしい。スキンヘッドの無愛想な店長と、店長よりだいぶ年下に見える明るい奥さんが切り盛りする、小さな店だ。


 紺地に白で「めしどころ 一椀いちわん」と書かれた看板を見ながら、からりと引き戸を開けると、


「いらっしゃいませ」


 初めて聞く声に迎えられた。


 白木のカウンターと四人掛けのテーブルが三つでいっぱいの店の中に、エプロンをつけた若い男がにこにこしながら立っている。

 プリン化した黄色い髪を大量のピンでオールバックにした、ハリネズミみたいな頭。こいつに比べたら、この間から暗めブラウンに白メッシュにしてる俺なんて、めちゃめちゃ地味だわ。


「三名様ですか。お好きなお席に……」


 言いかけたそいつが、こっちを見たまま急に真っ赤になった。


(なんだ?)


 誰かまずい客でも入ってきたのかと振り向いたが、俺の後ろには翠と、その背中からひょこっと顔を出したミーコだけ。ふたりとも俺と同様、不思議そうな顔をしている。


「……あっ、あのっ、ではっ、どうぞで!」


 無理やりそう言い終えると、店員は真っ赤な顔のまま、小走りでカウンターの奥に消えていった。

 なんだったんだと思いながらテーブル席についた俺らに、


「……いらっしゃい」


 割烹着姿の奥さんが、入り口脇のレジからこちらに頭を下げて苦笑する。

 そこへ、


「あのっ。ごっ、ごちゅゆもんは、お決まりですかっ?」


 さっきの店員が、水とおしぼりを持って再び現れた。


 ……なんか、まだ顔赤いし、むちゃくちゃ噛んでんだけど。大丈夫? こいつ。

 気にはなるが、まあ奥さんもいることだしとスルーして、


「ああ、俺はA定でー、おまえはB?」

「うん」


 念のため確認すると、当然という顔で翠がうなずく。

 ここ「一椀」のメニューは、日替わりで和食・洋食(日によっては中華)のAB二種類の定食だけ。肉食の翠はいつもB定だ。俺は基本和食でその日の気分次第だが、今日のA定は鶏の唐揚げ、カラアゲニストとして外すわけにはいかない。


「おまえは?」


 ミーコに訊くと、


「うわー迷うー。唐揚げとチーズハンバーグかー……けど、ハンバーグで!」


 悩んだ末に洋食に決めたミーコが、プリン男の顔を見上げた。

 その途端、そいつがミーコに渡しかけていた水のグラスが、面白いようにブルブル震え出す。


(……なるほど)


 俺は思わず、向かいの席の翠と目を見合わせた。

 ――ひとめ惚れ、ってやつ? もしかして。


 肝心のミーコは、


「えーちょっと、お兄さん大丈夫ですかー?」


 プリン男の差し出すグラスの中でちゃぷちゃぷ波立つ水に笑っている。


「そんな緊張しないでくださいよー」

「……はひっ。しゅみません。そりでは、ごちゅーもんにょほうを、」


 もう噛み過ぎて壊れたロボットみたいになってるそいつに、


「ちょっとしゅうちゃん、落ち着いて」


 たまらず、奥さんが近づいて声を掛けた。


「ごめんね、ミーコちゃん。この子、あたしの甥っ子で柊二しゅうじっていって、名古屋から出てきたの。当分うちで働くから、よろしくお願いね」


 俺らに笑いかける奥さんの脇で、


「かっ、柿本柊二かきもとしゅうじです! よろしくお願いしましゅ!」


 甘噛みしながら、そいつも勢いよく頭を下げる。挙動不審だが、ヤバいやつではなさそうだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 翠の通常営業のきらめく笑顔に、


「あ……っ、はい」


 柊二が、小さな目をぱちぱちと瞬かせた。ニキビの跡が残る顔には、まだ赤みが残っている。


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