【Case2 怪盗ブルーと冬毛の獲物たち ~そんなこと言って、結局お母さんが世話することになるんでしょ~】 1.猫は木から落ちない(滅多に) (1)
「――あのシチュエーションで、『親孝行』とか『あっち』って言われたらよ? アメリカの話だと思うっしょ? 普通」
ぼやく俺に、
「伊豆の別荘では、何か問題でも?」
隣から、通常営業のイケボがこたえる。
「かねてより、父は時間ができたら湯巡りをしたいと言っていたんだ。身体が少し、不自由なものだから」
「だからっておまえ、俺らがどんだけ苦労したと思ってんだよ。おまえの居場所探すのに」
俺が口をとがらせると、
「いいから手を動かせよ、相棒」
水色のつなぎ――便利屋のユニフォームを着た翠は、すました顔で手にした箒と塵取りを持ち上げてみせた。
「……」
俺は無言で、「便利屋・ブルーオーシャン」の本日の仕事、古い日本家屋の玄関まわりの掃除を再開する。
こう見えて寂しがり屋さんのこいつにほだされて、某県山奥行きの列車からミーコと俺が舞い戻ってきてから、およそ二か月。
なんやかんやの末に、シアトルではなくまさかの伊豆にいた翠と無事合流した俺らは、新しい住居兼便利屋オフィスに引っ越していた。
温泉を堪能したという翠の親父さんとその秘書とは、俺らと入れ違いにロンドン出張だとかで、会えずじまいだ。
今度の家は山手線のだいぶ西側、閑静な住宅街にある、なかなかの広さの一軒家。白い壁にくすんだ色合いの赤い屋根がおしゃれな、新築二階建てだ(地下室と屋根裏収納付き)。車二台分の車庫に、日当たりのいい広い庭。玄関前ではシンボルツリーのオリーブがすくすく育っている。以前は客用寝室や物置に間借りしていたミーコと俺も、この度めでたく二階に個室をもらった。
家の周囲は、前のセレブマンションと同じ二十三区内とは思えないような、緑の多いのんびりした地域だ。俺が以前親父と住んでた古いマンションの近所に、ちょっと似ている。
引っ越し代を稼ぐため、年明け早々、翠と俺は便利屋稼業にいそしんでいる。
年末の大掃除ラッシュを終えて、このところ多かったのが、猫探しの依頼だ。ドアや窓を開けた隙に外に出て、帰って来なくなった猫を探してほしいという依頼が続いた俺たちは、土曜日の今朝、ようやく最後の一匹を依頼主に送り届けたばかり。
夜行性である猫を探すのは、夜が基本だ。時間的に大学に通うのと両立できるのはいいが、真冬の深夜、雨の日も風の日もひたすら猫の好きそうな場所を歩いて回るという作業は結構ハード。アルバイトの俺には決して無理をさせないホワイト経営者の翠は、大学の試験期間とも重なって、連夜の猫探しで目の下に大きなクマを作っている。
授業が休みでふたりとも朝から動ける今日の仕事は、施設に入るために引っ越すひとり暮らしのおばあちゃんからの依頼だ。
箪笥と鏡台とちゃぶ台、それに風呂の蓋を、依頼人と一緒に車で区の粗大ごみ置き場に搬入。そのあと、依頼人が荷物と一緒に家を出たら、空き家になった家の内外をざっくり掃除する。
……そして、ついさっき、追加で言われたもうひとつ。
「あのね。これは、できたらの話なんだけど」
迎えに来た娘さんの車に乗り込む前。おばあちゃんは、しわしわの手を拝むように合わせて俺らを見上げると、ためらいながら口を開いた。
「フーちゃんを、保護してもらえないかしら。急なお願いでごめんなさい。みつけられたらでいいから」
おばあちゃんが飼っていた白猫のフーちゃん(メス)は、引っ越し前のドタバタに驚いたのか、一昨日の夜に外に出たきり帰ってこないのだという。道路の隅にはまだ、数日前に積もった雪が残っているというのに。
フーちゃんよ、おまえもか。はやってんのかなー、迷子猫。
もともと施設に連れていけるわけではなかったけれど、二歳の若猫とはいえ室内飼いで育った子が外で暮らしていくのは難しいだろう。もしみつけたら、この連絡先に連れて行って、新しい飼い主を探してほしい。話は先方に通してある。
そう言って、おばあちゃんは猫の譲渡団体のチラシとフーちゃんグッズ、それに追加料金を翠に渡した――。




