【Case1】4.Present for you ! (3)
「やだもー、ちょっと、こーちんって! お金なんでしょ? これ」
「……やべ、そーじゃん」
ミーコの声に、われに返る。
二十ペソ紙幣一枚が、だいたい百円になる計算だ。外れ馬券じゃあるまいし、百円玉ばらまいてどーすんだよ、俺。
俺は焦ってミーコと一緒に床に這いつくばると、自分が撒いた札を拾って回った。
ようやく集め終わるとそのまま、ざらついた列車の通路に脚を伸ばして座りこむ。
黒くしたばかりの髪に片手で指を通しながら、俺は目を閉じて座席の側面に身体を預けた。
背骨に響く、古い車両の振動。
ふと視線を感じて、目だけ動かして横を見ると、同じように通路に腰を降ろしてこっちを見上げてるミーコと目が合った。
「……ねえ、こーちん。これってさ。翠君……」
「……ああ」
ミーコの言いたいことはわかる。
(――拗ねてんだ。翠のやつ)
俺らに、置いてかれて。
「……ぷ」
その途端、ふたり同時に吹き出して。
「わははは!」
ミーコと俺は、顔を見合わせて爆笑した。
「もー、めっちゃ拗ねてんじゃん、あいつ」
「ねー。ハブったんじゃないのにねー?」
腹を抱えて笑っているミーコ。
翠、あいつなー。まったくもう。
仕事行けば? って俺に促されたときの、まだテレビ観て遊んでたいガキみたいだったあの顔を、俺も笑いながら思い出す。
なんだよ。百万も使って、しょーもない嫌がらせしやがって。
……めっちゃ好きじゃん、あいつ。俺らのこと。
「ねえこーちん。あたし考えたんだけど」
ミーコが首を傾げて、俺の顔をのぞきこんだ。
「怪盗ブルーの『ブルー』ってさあ。ふたりの名前の、“翠”と“葉”から取ったんでしょ? ……なにげに、あたしの“葵”も青っぽくない?」
でかい猫目が、「いけんじゃね?」「メンバー入り?」と細められるのを見て、俺は観念した。
「……だな」
戻るとすっか。
俺の気の抜けたつぶやきに、やったーとミーコがばんざいする。
(……なーにが『プレゼント』だよ。翠、あいつ)
この前ミーコが言ってたあのセリフが、今ほど腹落ちしたことはない。
(あの、寂しがり屋さんめ)
隣では、すっかり安心した顔のミーコが、通路にぺったり座ったまま、自分のリュックから出したポッ○ーを食い始めている。
大事なもんだけ持ってこいっつったのに。なんでそんなもん入れてんのよ? おまえは。
てか、あと何年だっけ? こいつが自分の住むとこ、保護者にことわりなく決められるようになるまで。
俺は黙ってポッ○ーの箱に手を伸ばすと、一気に三本取って口に入れた。ちょっとー、とかミーコがぎゃーぎゃー言ってるけど、列車の音と自分の咀嚼音で聞こえねーし。
チョコとプレッツェルをバリバリ噛み砕きながら、俺はこっそり口角を上げる。
(……まあ、なんとかなんだろ)
運のいいこいつと、嘘を見抜ける俺、そして、べらぼうに頭の切れるあいつなら。
まずはあいつだ。翠、あの野郎。
のんきにアメリカで親孝行なんて許さねえ。
見てろよ。この世の果てまで追っかけてやるからな、相棒。
【 Case1 了 】