【Treasure7】 5.(2)
「もっとさー、こう、空気感っていうか。人の気持ちに寄り添うみたいな」
ぶつぶつ言う俺に、
「いーじゃん、そんなのどうでも」
ミーコが追い打ちをかける。
「こーちん、もうちょっと大人になんなよ」
「おまえが言うな!」
誰のせいでこんな流れになったと思ってんだコラ。
安定の、秒でキレる俺。
いつも通りがちゃがちゃしながらも、俺らはとりあえずエスカレーターで、出発ロビーのある四階に向かうことにした。
やばいやばい。だいぶ早めに出てきたとはいえ、地下で翠と揉めてたから、結構時間迫ってるわ。チェックイン。
てか、え? もしかして俺、手ぶらで飛行機乗んの?
上の段にいるミーコと翠の後ろ姿を眺めているうちに、ひとりだけやけに身軽な自分に気づいて、エスカレーターの上で俺は慌てだす。
手ぶらっていうか、コートの下のスウェットとかこれ、普通にパジャマなんだけど。朝起きて、セバさんに話聞いて、焦って下だけジーンズに着替えて飛び出したから。
「いーじゃん、現地で全部買いなよ。パンツとか」
四つ上の段から、俺を見下ろしてにやにやするミーコと、
「出国手続きさえ済めば、時間はまだある。必要なものはそのあと、空港内で買ったらどうだ? 下着とか」
二つ上の段から、肩越しに真面目な横顔でアドバイスしてくれる翠。
「パンツパンツうるせーなおまえら!」
思わずキレる俺に、まわりの乗客たちが怪訝な顔で振り向く。
どうでもいいことで騒ぎながらも(いや、全然どうでもよくないけど)、俺たちはようやく、チェックインカウンターのある四階南ウイングに辿り着いた。
エスカレーターを降りる前から差し込んでくる、左手のバス乗り場側からのガラス越しの光。寝不足の目に、しっかり昇った朝日がまぶしい。
足早にインフォメーションデスクを通り過ぎ、航空会社のカウンターが並ぶエリアに向かおうとした俺らの目に、そこでまさかの、見慣れた後ろ姿が飛び込んできた。
銀色のめちゃくちゃメタリックなデザインの天井と、その下の広い出発ロビー。つるっつるの床の上、年齢も外見も様々な大勢の人たちが、それぞれの荷物を抱えて行き来する。
その中で異彩を放つ、くたびれたトレンチコートを纏いぴしっと伸びた背筋と、面白いくらい四角い輪郭。
――まさか、こんなところで。
焦る翠と俺をよそに、
「田崎警部!」
止める間もなく、ミーコがあっさり声をあげた。
振り向いた警部に、
「おはようございます、椿さんのパパ!」
ミーコが笑い掛ける。
「……お、おう。君は『一椀』の」
思わぬ場所で愛娘の椿さんの名前を出されて、うろたえた顔になる田崎警部。
「また怪盗ブルーのお仕事ですかー?」
無邪気な顔でミーコがたずねると、
「ああ、その通り」
仕事の話が出て調子を取り戻したのか、警部は重々しくうなずいた。
「私の刑事の勘が、やつが国外逃亡を図っていると告げておってだね。こうして、空港内のパトロールを」
いつもの通り、その発言になにひとつ根拠はないものの、
(……だからって、このタイミングで、ピンポイントでここに来るとか)
マジ優秀だわ。この人の「刑事の勘」
俺は無言で、翠と目を見合わせる。
「君たちは、春休みの旅行か?」
警部が、ミーコの背後の翠と俺にも目を向けた。
「まあ、そんなもんです」
うなずいた俺は、
「パトロールってことは、ブルーの外見とか、調べはついてるんですか?
今までに報道されたこと以外で」
思いきって、警部にたずねてみる。
「まだだ。だが、私の長年培った刑事の勘があれば、やつを前にすればきっと」
根拠のない割には、力強くこたえる警部。
いいのか? そんな内部情報、さらっと漏らして。
しかも、今まさに前にしちゃってんだけど。怪盗ブルーのフルメンバー。
(……そうだ)
ふと思いついて、俺はそっとふたりに目配せした。
これもなにかのご縁、てか、チャンス?
(どうせなら、いっとく? さっきのアレ)
どうする? と俺は視線でたずねる。
わくわくしきってるのがわかる、ミーコの猫目。
翠の顔に、ミステリアスな極上の笑みが浮かんだ。
(――じゃあ、俺から)
俺は一歩踏み出す。




