【Treasure7】 5.(1)
次の瞬間、
「ハッピーバレンタイーン!」
前触れもなく、思いっきり背中をぶっ叩かれて、俺は文字通り飛び上がった。
振り向くと、
「……おま! いつのまに!」
エスカレーターへと向かう地下通路の人波の中で、いつのまにやら背後にミーコが立っていた。
だぼっとしたモッズコートに、おろしたまんまの真っ黒な髪。その長い髪ごとぐるぐる巻きにしてるマフラー。
でかい猫目が、俺をじろりと見上げる。
「もー、こーちん、話の途中で飛び出したんだって? 飛行機の切符置いたままで。困ってたよ? セバさん」
片手にでかいスーツケースを持って、反対の手でなにかの紙をひらひらさせてるミーコ。
って、あ、飛行機のeチケット!
気づいて、俺は手のひらにぶわっと汗がにじみ出るのを感じる。
今日の朝、「今ならまだ、間に合います」ってセバさんに言われるやいなや、俺は差し出されたパスポートと新堂さんの手紙をひっつかんで、全力ダッシュで翠のこと追っかけてきたんだけど。
言われてみれば、他には財布とスマホしか持ってきてなかったわ。海外行くっつーのに、俺。
(……てか、おまえも行く気なの? スイス)
ちょっとだけクールダウンした頭で、俺はミーコを眺める。
俺と違って、なんか準備万端だしこいつ。
ひょっとして、前もってこの話聞かされてたとか? セバさんから。
セバさんの用意してたっていう翠と同じ便のチケットも、よく見りゃ最初から俺とミーコの二人分取ってあるし。
(ちょっとセバさん、これどーゆーこと? 俺の扱いと、違い過ぎない?)
悶々とする俺のコートのポケットから、
「なにこれ?」
目ざとくブルーのメッセージカードを抜きだしたミーコが、
「てかさー。ふたりともひどいじゃーん」
カードに目を通しながら、口をとがらせた。
「スイスだかどこだか知らないけどさー、あたしっていう幸運の女神抜きで、うまくいくと思ってたわけ? 翠君もこーちんも」
ぶーたれるミーコに、
「はあ?」
俺は「悶々」を中断して、目を眇めてみせる。
「誰が女神よ? おまえなんか、捨て猫のミーコだわ」
「へー。あのねー、こーちんは知らないかもしれませんけどー」
ミーコが憎ったらしい顔であごを上げた。
「昔の海賊は、旅の幸運を祈って、船に猫乗せてたんだってよ? まあ、知る知らないっていうか、普通に教養ですけどねー、こーゆーのって」
「……っとに、口の減らねーやつだなおまえは」
朝っぱらからいがみ合いだした俺らのそばで、
「――そうだな。こうなったら、俺と恒星だけじゃなく、まだ存在を把握されていないミーコちゃんを含めた三人組の方がみつかりにくいかもしれない。怪盗ブルーを追う警察に」
翠があごに手をあて、しれっと言う。
「……またおまえは、せっかくのいい感じを台無しにするようなこと……」
俺は、軽く脱力して眉をひそめた。
なんかもうすっかり、最初から三人でスイス行く予定でした、みたくなってるけど。
もとはと言えば、おまえのこと追いかけてきたのよ? ミーコも俺も。
てかぶっちゃけ、全部セバさんのおかげだからな? こういう、「楽しい春休みのヨーロッパ旅行」みたいな空気になったの。
その、感動の和解っていうか、「絆の確認!」みたいな熱い場面で、『三人組の方がみつかりにくい』とか。ほんっと、おまえはよー。




