【Treasure7】 4.(2)
「……あのさ」
ようやく言葉がみつかって、俺は慎重に口を開いた。
「『後悔しないように生きろよー』っていうのが、口癖だったんだけど。うちの父親」
親父の言ってた「後悔しないように」っていうのが、どういうことなのか。事故であっさり死なれたあの日以来、何度も俺は考えてきた。
あ、先に言っとくけど、あれとは別の次元の話ね。よく言われる、「やって後悔するか、やらないで後悔するか」ってやつ。あれは、単なる好みの問題だから。
で、考えた結果、今のとこ思ってんのは。
「『後悔しないように』するためにはさー。『何を選ぶか』より、『どう選ぶか』の方が大事なんじゃないかって。もしかしてだけど」
これまで誰にも話したことのない、自分なりに出した答え。それを、俺はそっと翠に告げる。
……どこまで自分に正直になれるか、じゃないだろうか。結局のとこ。「後悔しないように」するっていうのは。
かっこつけずに、でも妥協せずに、何かを選ぶってこと。
それが、現時点での俺なりの答え。
「別に、理想を追うのはいいのよ? ただ、決めるときにさ。ちゃんと、他の誰かじゃなくて自分が真ん中にいるかってこと。それが肝かなって」
翠が、無言で目を見開く。
「誰かを喜ばせるとか、世の中の役に立つとか……他人に迷惑かけないとか? もちろん、そういうの目指すのもアリよ。ただし、自分がそれを、ほんとに好きでやるんならな?」
(――届けー)
頭の中で念じながら、俺は懸命に言葉を重ねる。
「新堂さんも書いてたけど、俺らは別に、他人を満足させるために生まれたんじゃないから。自分に正直になんないと、いつか後悔すんじゃねーかな。『なんか俺、人にどう思われるかばっか気にして、ほんとに欲しいもの取りに行ってなかったかも』って」
「……そうだな」
翠が、静かにうなずいた。
(……あー)
俺は内心肩を落とす。
(届いてねーな、これ……)
こんだけ俺が語っても、煮え切らない態度の翠。
「――そっか」
そこで突然、俺は猛烈な疲労感に襲われた。
なんかもう、翠に気いつかって言葉選びながら話すのとか、無駄な気がしてきたっていうか。
……単に、眠いのと、朝メシ食ってないからかもしんねーけど。
俺は目を眇めると、
「……じゃーおまえ、言ってみろよ」
大きく息をついて言った。
「正直に。どうしたいか」
ぶっちゃけ、逆ギレでしかない。そんなのわかってたけど。
なんだかもういろいろ面倒になった俺は、翠に向き直ると、頭に浮かんできた言葉をなにも考えずそのままぶつける。
「ほんとに俺と離れて、ひとりになりてーのかよ? おまえ」
「……」
翠が、唇をきゅっと引き結んだ。
くるんと巻いた睫毛が瞬いて、若干目が泳いだところに、遠慮なしに俺はたたみかける。
「舐めてんのかよ。俺がそんな、おまえのせいで不幸になるような、しょぼいやつだと思ってんのかよ」
「……そんな」
慌てたように言いかけた翠の頭を、
「……チッ」
舌打ちすると、俺は問答無用で片手で引き寄せた。