【Treasure7】 4.(1)
「……すんげーラブレター」
たたんだ便箋を白い封筒に丁寧にしまった翠に言うと、
「……ああ」
手の甲で頬の涙をぬぐいながら、翠は笑った。
どこか吹っ切れたように見えるその顔に、
「なあ」
地下通路の壁に背を向けて並んで立ったまま、俺は切り出す。
「ひとりで全部、しょい込もうとすんなよ」
右隣から、翠が黙って俺を見返した。
「手紙にもあっただろ? 親父さんは、自分で選んであの人生を生きたんだよ。治療のことも、全部。そんなの、他のやつが変えさせるなんて……たとえそれが息子のおまえでも、無理だったよ」
自分は今、立ち入りすぎたことを口にしているのかもしれない。
そう思いながらも、俺は続ける。
「俺だって、思ったことはあるよ? 俺がいなかったら親父はもっと自由に、世界中カメラ持って飛び回ってただろうなって。それか逆に、もっと仕事減らしてのんびりして……事故になんか、遭わなかったかもって」
「そんな」
眉を下げてかぶりを振り、俺の言葉を即座に否定した翠に、
「……まわりのことだと、ちゃんと見えんだよな。みんな」
俺は苦笑する。
「結局さー、想像でしかねーのよ。もしも子どもがいなかったら、おまえの親父さんやうちのアホ親父が、どうしてたかなんてさー」
あったかもしれない、もう一つの人生。
「わかんねーのよ。替われないんだから、誰も。本人と」
「……」
目を伏せた翠に、俺は続ける。
「真山だってそうでしょ。あの夫婦は、自分たちの手で選んだんだ。自分たちの未来を」
一瞬迷ったあと、思いきって俺は言った。
「血のつながった親が人でなしなのは、おまえのせいじゃない。そいつらから自分の身を守ったのも、おまえのせいじゃない。……おまえは、あたりまえのことしただけだよ」
「……」
俯いたままの翠に、俺は言葉を重ねる。
「おまえには、あいつらの選択――あいつらがやったことへの、責任なんてない。罪なんてない。ひとっつも悪くねーよ、おまえは」
「……わかるけど」
彫刻みたいにずっと固まってた翠が、そこでようやく顔を上げた。
「恒星の言うことはわかる。だけど、不安なんだ」
吸い込まれそうな黒い瞳が、俺を見つめて揺れる。
「……恒星。おまえには、自分の命と引き換えに、誰かを失ったことなんかないだろう?」
苦しげに言われて、
「……まーな」
俺は目をそらすと、前髪をがしがしかき回した。
母親の成海碧のことか? それとも、兄の真山慧?
反則じゃね? そこでおまえの、ハードすぎる経験持ち出してくんのは。
――でも、俺は。
(伝えなきゃなんない。こいつに)
俺は、覚悟を決める。
諦めずに、ちゃんと届けなきゃ。ひとりになんて、ならなくていいって。
そうしなきゃきっといつか、こいつは俺の手をすり抜けて、今度は本当に消えてしまう。




