【Case1】4.Present for you ! (1)
数時間後。
某県山奥のひなびた宿に向かう列車の、古めかしいボックスシートに、俺はミーコと向かい合わせで座っていた。
窓から差す、穏やかな午後の光。埃っぽい窓ガラス越しに外を見れば、紅葉した山々とその間にある刈り入れの終わった田んぼという、のどかすぎる景色が広がっている。
今ごろ成田では、俺らの乗る国際便を探して、ミーコの親父の部下たちが大騒ぎしていることだろう。なんせあの組には、ミーコに国外に逃げられたら連れ戻す手段がないのだから。
そして、このタイミングなら逆に、捜索が手薄になってる国内移動はみつかりにくい……はずだ。
そう踏んだ俺は、追手の前でミーコと海外へ飛んだふりをして、しばらく国内の田舎でひっそり暮らすことにしたのだった。ある程度時間を稼いだら、今度こそ国外へ出るつもりだ。
「……気づいてたんだね、翠君」
「ああ」
翠と別れてから、ミーコは口数が少ない。俺がミーコを連れて逃げるためにいろいろなものを手放したこと、その中に翠も含まれていたことを、察したんだと思う。
万一組に捕まったときのことを考えると、俺の勝手な逃亡計画に、翠を巻き込むわけにはいかなかった。ミーコの家出を手伝った学生兼便利屋が、無事で済むとは到底思えない。
もちろん、俺らが消えたらマンションに追手が押し掛けてくるのは時間の問題だろうが、それくらいあいつなら対処できるはず。
と思っていたら、そんな俺の読みを軽々超えて、あいつは家の処分まで終えていたばかりか、俺たちが逃げる手助けまでしてくれて。
まったく、どういう頭の造りをしてんだよ、あいつは。
車両の中には、俺たち以外の乗客はいない。これまでのところ、逃亡は計画通り進んでいる。
「――さて」
俺は思いを断ち切るように、頭をひとつ振った。
一段落したところで例の「百万」を確認しようと、翠に渡された黒いリュックを膝に乗せる。向かいから、ミーコものぞきこんできた。
ファスナーを開けると、中には透明なビニール袋がいくつか入っていた。その中に小分けにして入れられている、紙幣らしき紙の束たち。
やっぱわかってんなー、あいつは。
俺は頬を緩ませる。
現金、助かる。マジで。
そりゃある程度は財布にも入れてるけど、やっぱね。当座資金は、多い方が安心だよね。
……けど。
ざっと見てすぐにリュックを閉じた俺は、油断なく他の乗客の出入りを確認しながら首を傾げた。
さっき、受け取ったときも思ったんだけど。
百万円にしては、妙に多いっていうか。かさばりすぎなんだよなー、この荷物。
翠のやつ、もしかして目立たないよう、わざわざ万札じゃなくて千円札にしてくれたとか? それも使用済みのやつ。
おいー。いつもながら芸が細けーなー、あいつは。
「こーちん、これ」
ミーコが、リュックのポケットに入った白い封筒に気づいた。
手紙? 翠から?
ポケットから封筒を取り出したものの、どうも金のことが気になり、封を切る前に俺は再度リュックを開いて、紙幣のパックを一つ手に取ってみる。
「……は? ドルかよこれ」
袋越しにぱっと見ただけでわかった、諭吉とも英世とも違う札。
「え? 使えないじゃんそんなの」
目をまるくしたミーコに、
「や、いけるから」
俺は小声で言う。
なにあいつ、わざわざドルで用意しちゃったの? いくら最終的には海外飛ぶからって、気の早い。