【Treasure7】 3.(2)
「翠、おまえは自分の出生にまつわる事情のせいで、これまでに辛い思いをしてきた。そしてそれは、おまえのものの考え方にも多大な影響を及ぼしているようだ。
私にはそんなおまえに、どうしてもわかってほしいことがある。
翠。幸せになりなさい。
この世に、生まれながらに罪を背負った者など、一人としていない。
そして、私たちは決して、自分以外の誰かを満足させるために生まれてきたわけではない。
翠。虚心に、自分の内なる声に耳を澄ましてごらん。自分の心の欲する方へ進みなさい。
親のひいき目を除いても、おまえは周囲の人々と愛し合い、幸せに生きるに値する人間だ。
どうか、その幸せを受け取るための、勇気を持ってほしい」
(――気づいてたんだな、新堂さん。こいつの弱点)
読みながら、俺はちらりと右隣に立つ翠の顔を盗み見た。
整った白い横顔と伏せた目からは、どんな感情もうかがえない。
「おまえとの生活は、私にかけがえのない幸せをもたらしてくれた。
確かに、いくつかの局面においては、困難もあったといえよう。
それでも、もしももう一度、三歳になったばかりのおまえを連れて真山家を後にした、あの日に戻るとしたら。
必ずや私は、同じ選択をするだろう。迷うことなく昔の名前を捨てて、おまえの手を取るはずだ。
おまえがそばにいてくれる、ただそれだけで、その後の私は十分すぎるほど幸せだったのだから。
しがない自分の人生において、おまえの父親として過ごせたことを、私は他のなによりも幸せに、そして誇りに思う。
知っての通り、私は特定の信仰を持たない。
だが、私におまえを愛する機会を与えてくれた、神と呼ばれるべき大きな存在に、そしておまえ自身に、今一度、心からの感謝を伝えたいと思う。
ありがとう。
最愛の息子、翠へ」
文末には、親父さんの本名ではなく、新堂衛――翠の父親としての名前が記されていた。
ふう、とひとつ俺は息をつく。
やがて、のぞき込んでいた便箋が小刻みに震え始めて、
「……」
俺は顔を上げた。
そっと隣に目をやると、俯いて手紙を握りしめる翠の白い頬には、一筋の涙が伝っていた。




