【Treasure7】 1.(3)
翠の遺伝子上の父親である、真山グループ前総裁・真山晴臣。
やつと直接対決した翠とは違って、俺が真山と対峙した時間はごくわずかだ。
翠と服を入れ替えて図書室から脱出したあの数分間と、拉致られた日に地下牢にぶちこまれたときだけで――。
「そういや、声が似てたわ。翠と」
思い出して、俺は言った。
今訊かれるまで忘れてたけど。クールなあの声は、間違いなく翠に似てた。クソみてーに感じの悪いあのおっさん。
「そうなのか?」
翠が、くるんと巻いた睫毛をぱちぱちさせる。
「気がつかなったな、俺は」
首をひねった翠に、
「そっかー。自分の声って、自分でわかんないっていうからね」
うなずいたミーコが、楽しそうに続けた。
「じゃあさじゃあさ、やっぱイケメンだった? 真山も」
「や、それはそーでもなかった」
あっさりと俺はこたえる。
別に敵だから言ってるわけじゃなくて、マジでそう思ったからな。あのときも。
……ていうか、あれか? ハードル高すぎた? もしかして。
気づいて、俺は付け加える。
「まあ、おっさんの割にはシュッとしてたけど。髪もあったし、腹出てなかったし。けど、こんなキラキラの王子様顔ではねえなー」
翠の顔に目をやりながら言うと、
「へー」
ミーコが残念そうに頬杖をついた。
その隣で黙ってグラスを口に運ぶ、文字通りの王子様顔。
……てか、翠よ。この流れで、なんでそんなしれっと普通の顔してんのよ、おまえは。
うっすらムカついて、俺は横目で翠の顔を見る。
面と向かってキラキラとか王子様顔とか言われてんのに、「そんなことないよ」くらい言えねーのかよ? おまえは。慣れすぎでしょ、賞賛に。
はー、やだやだ。こういうときわかるよな。ものごころついてからずっとイケメンって言われて育ってる、天然物の無加工イケメンって。
「てかおまえ、見たいなら新聞とかネット見れば? 普通に顔載ってんぞ、真山晴臣」
ふと思いついてミーコに言うと、
「別に、そこまで興味ないし」
野良JKはばっさりこたえた。
「あと、写真や動画と実物って、結構違うじゃん。前にあの人がテレビの生放送出てるのは観たけど、あのときはいっぱいいっぱいすぎて、声が翠君に似てるとか気づかなかったなー」
なんだよ。ちょっとは社会に興味持てよおまえ。
そう思いながら、俺は新聞でもネットでもみつけられなかった、もうひとつの顔に思いを馳せる。
(――やっぱ、きれいな人なんだろうな。「母親」)
整った顔立ちではあったものの、年中無休できらめいてる翠の顔とは似ていなかった真山晴臣。
おそらく翠は、すごい美人だって噂の、遺伝子上の母親――真山陽子の容貌を受け継いでいるのだろう。
その真山陽子は、俺たちが脱出したあの夜以来、真山総合病院に入院したままだ。病室はもちろん、因縁の外来棟VIPフロアの一室。火事の際の火傷や吸った煙に関しては、運良く軽く済んだはずなのに、どういうわけか意識だけが戻らないらしい。
夫の真山晴臣の方は、引き続き警察だか検察だかのお世話になっている。
あの“真山”の総本山が犯罪者、それも子どもの絡んだ陰惨な事件の黒幕だったということで、真山グループの負った傷は深かった。それでも、グループ企業の株価は徐々に回復しているそうだが、元の勢いを取り戻すにはまだまだ時間がかかるだろう。




