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【Treasure7 DEPARTURE ~パーティーは終わらない。あるいは、旅に欠かせないアレ~】 1.(1)

「じゃあ改めて、ハッピーバースデー翠くーん!」


 向かいの席でご機嫌な声をあげ、ミーコが勢いよくグラスを掲げた。


「……おまえ、何回目よそれ」


 俺は文句を言いながらも、細長いフルートグラスを目の高さに上げる。


「静かにな? セバさんもう寝てんだから」


 ついでに小言を言う俺と、


「ありがとう」


 安定の王子様スマイルで、お誕生日席からミーコと俺に軽くグラスを持ち上げてみせる翠。


 二月十三日水曜日、夜。われらが大家・新堂翠の、めでたい二十歳のお誕生日である。


 数日前に終わったばかりの学年末試験の祝いも兼ねて、俺らは家でちょっとした宴を開いていた。


 一昨日降った雪が珍しく積もったせいか、窓の外はめちゃくちゃ寒い。といっても、日の当たる場所の雪はほとんど溶けてて、うちの庭でも残ってんのは日陰と、ミーコが張り切って作った雪ダルマくらい。


 手塩にかけた育てた翠の成人を祝う会ということで、めっちゃ豪華なディナー……というか、翠の好みに合わせたお子様ランチ的メニューを用意してくれたセバさんは、九時を過ぎたところで、


「この年になりますと、夜はなかなか起きていられなくなりまして」


 と、二階の自分の部屋に上がっていった。


 翠の父親の新堂さんの秘書だったセバさんは、新堂さん亡きあともこの家で暮らしてくれることになった。


 新堂さんの残した仕事のいくつかは、セバさんが引き継いだそうだ。

 それ以外の仕事の整理や、シアトルやらロンドンやらに新堂さんが所有していた不動産の処理、さらには遺産関係の手続きに父親を亡くした翠の諸々のサポートと、セバさんの仕事は山積みらしい。


 なのに、そんなことは微塵も感じさせない穏やかな笑みを糸目の顔にたたえて、あいかわらず家事全般まで引き受けてくれている有能、いや、万能ぶり。俺があの人に勝てる日は、まるで見えない。


 食後に出されたセバさん特製のバースデーケーキが食べつくされた今、つやのあるダークブラウンの広いテーブルの上には、食べ終わった棒アイスの残骸や、ちょっとずつ袋の開いた駄菓子が散乱している。どれも、ミーコから子ども舌の翠へのバースデープレゼントだ。


 ちなみに、翠と俺のシャンパングラスに入ったヴーヴクリコのイエローラベルは、俺がちょっと頑張って買ったやつ。


 未成年でも飲酒可能なヨーロッパのどこだかの国で、既にアルコールの経験があるという翠は、さっきからまるで顔色を変えずにかぱかぱとグラスを空けている。酒に弱いってほどじゃないけど、飲むと目元がすぐ赤くなっちゃう俺は、負けた感があってちょっと悔しい。


 でも、あれよね。油断は禁物。


 横目で翠を眺めながら、俺はひそかにうなずく。


 楽しそうにマイペースでガンガン飲んでるやつに限って、急にぶっ倒れたりすんだって。


 これまで、サークルや元ラグビー部の飲みで、イキったやつらによる無駄な悲劇の後始末に何度も従事してきた俺は、酒の席でそう簡単には気を抜かない。勝手につぶれたやつにちょっとずつ水飲ませんのとか、ゲロで喉詰まらせないように気道確保とか、マジむなしさしかないからなー、あれ。


 イキりとは真逆な立ち位置の翠だけど、それはそれで危ないのよ。こういう、しんどいこと黙ってため込むタイプが酒を過ごすと。


 機嫌よく駄菓子を食べてたミーコが、


「あ、そーだ!」


 唐突に、またグラスをひっつかんだ。


「あとさー、ちょっと寂しいけど、怪盗ブルーの新たな旅立ちにも乾杯しなきゃじゃない? じゃーはい、もう一回、カンパーイ!」


 背の高いグラスの中でちゃぽんと揺れる、金色の液体。



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