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【Treasure6】 2.(1)

「おはよう翠くーん!」

「新堂君、おはよう!」

「新堂先輩、おはようございます!」


 数日後、珍しくふたり一緒に大学の門をくぐった翠と俺は、全方面から絶え間なく女子たちの声を浴びせられるはめになった。


 ……いや、「翠と俺は」じゃねーな。


 気づいて、俺は軽く眉間にしわを寄せる。


 翠だけだわこれ、浴びてんの。それも全身に。


 若干卑屈な気分で、俺は黒いカシミアのマフラーを巻いた翠の横顔を眺めた。


 広い構内で真冬の北風に枝を揺らす木々の間を、講義のある建物へと俺らは歩いている。

 そのまわりに驚異のスピードで集結しつつある、多種多様な女子たち。


 この寒いのに、皆さん朝からお元気そうでなにより。……けどちょっと、近すぎないかなー? 距離が。


 てか、君らがぐいぐい距離縮めてるその王子様顔、その隣にいる俺は何なのよ?

 壁? 壁なの俺? さっきから、わき腹や背中におまえらのバッグがぶち当たってきて、超(いて)ーんだけど。


 翠が現れた途端にあちこちから湧いて出てきた女子たちに、こういうのは初めてじゃないとはいえ、改めて俺はげんなりする。


 水族館で見たイワシの群れみたいな、翠を取り巻く女子の壁。その隙間から見える、遠巻きにこっちを眺めてる男子たちの引いた顔。


 まーな、わかるよ、その気持ち。俺だって、以前はそんな感じだったし。

 すまん、翠。ぶっちゃけ、おまえの苦労を全然わかってなかったわ、俺たち。


 だって中には、翠がはっきり拒否らないのをいいことに、朝っぱらから思いっきりボディタッチかましてくる強者もいんのよ? ちょっとおまえら、セクハラって女子から男子もありなんだからな?


 さらには、ミニスカからの生足からのショートブーツとか、コートの前全開でVネックニットの谷間大サービスとか、かなり季節感が迷子な勇者たちも。


 寒くねーの? 君たち。まだ朝早くて気温上がってないけど、大丈夫? 

 もしかして、勇者っていうよりハンターなのかな? 君たちは。あるいは、戦士? 歴戦の。


 ……まあでも、その方向性は悪くないか。


 オフホワイトやらピンクやらの甘々ニットに、真冬でもうるうるつやつやのリップに、明るい色の巻き髪たち。

 目の前の華やいだ景色を眺め、俺は内心うなずく。


 うん、いいと思う。

 戦士の皆さんにはぜひ、風邪に注意しつつ、今後も頑張っていただきたい。


 隣であれこれとムダな妄想をしてる俺に気づくことなく、


「おはよう」


 そんな周囲の女子たちを安定の王子様スマイルでいなし、校舎に向かって足を進める翠。


 慣れてんなーこいつ、マジで。

 前後左右、いやそれ以上の、三六〇度から集結した女子たちが、自分を取り巻く円柱状の壁を形成する直前に、すいーっとうまいこと一点突破して進んでいく翠。チャコールグレーのダッフルコートの後ろ姿に、慌てて俺も続く。


 や、俺が今着てる、この前買ったベージュのピーコートだって、お気に入りっていうかまあまあいい値段したんだけどね? 俺にしては。

 でも、あいつの隣だと、なんかこう。どうしても、貴族と庶民みたいな感じ出ちゃうんだよなー。ちっくしょ。


 カラフルでいい匂いで朝からやる気満々なイワシ……じゃない、女子たちの壁をかき分け、俺らはなんとか校舎に足を踏み入れた。


 大正自体に建てられたっていう、石造りの重厚な建物。

 これぞザ・大学、って感じの、中身はともかく見た目はアカデミックな雰囲気溢れるこの校舎は、たまにドラマや映画のロケにも使われている。見た目は古くても耐震補強は十分されてる、と大学側から言われてはいるけど、信じていいかどうかはちょっと迷うレベルだ。


 暗い廊下を進む俺らに、前の方からてれっとした声が掛けられた。


「おっはー、恒星」


 待ち合わせの大教室のドアからひょこっと顔を出してる、派手な黄色いダウンに埋もれた小柄な姿。元ラグビー部の佐野さの蓮太郎(れんたろう)だ。


 あーこれ、今日初めてじゃない? 翠じゃなくて俺に声掛けた人。泣けるわー。


「おー、おはよ」

 

 俺は軽く手を上げると翠と並んで大教室に入り、蓮のあとについて、やつが荷物を置いてる一番後ろの席に向かう。


「新堂もおはよ」


 いつも通り気の抜けた蓮の声に、


「おはよう」


 こちらもいつも通り、安定のきらめく王子様スマイルでこたえる翠。

 どこが王子っぽいかって、ふんわりしたスマイルもそうだけど、こいつって背筋が伸びてんのよね、常に。


「はいこれ。頼まれてたやつ」


 蓮が翠に、リュックから取り出したコピー用紙の束を持ち上げてみせた。



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