【Treasure6】 1.(5)
けどなー。あれはちょっと、失敗だったかも。
思い出して、俺は苦笑する。
意外と難しいのよ、緑って。肌や目の色となかなか合わなくて。
当時は俺も部活引退したばっかで、まだ日焼けすごかったし。
結果、一緒にやった男は一人残らず、売れないバンドマンか失敗したコスプレイヤーみたくなった。お互いの顔見るたびに爆笑して、とりあえず写真は撮りまくっといた。
女子は、まあまあ成功してるやつもいたかなー。緑にしたら手持ちの服が全然似合わねーって騒いでたのは、俺らと一緒だったけど。
「俺は楽しかったな。感心したよ。仲間と自由な校風を守るため、愉快で平和な方法でアピールする、そのアイディアに」
にこにこしながらミーコと俺に言う翠に、
「……別に、それほどのことじゃ」
俺はちょっと照れて、くしゃりと前髪をかき上げる。
そんな、「守るため」とか言われるとなー。みんなで、ノリでやったようなもんだし。
思えば若かったわ、当時の俺ら。
「てか、こんなん、今じゃただの趣味よ。治安がちょっと、問題視されがちだけど」
ふたりと目を合わせられないまま、俺は前髪をつまんで弁解するように言う。
今日現在の俺の髪は、ちょいプリンの銀髪サラスト。カラーリングと同時にかけたスパイラルは、とっくに取れた。
JK的にはまだ「宇宙人」なのかなー、これ。
道路沿いに建つアパートのどこかの部屋から、
「パパー! アヒルさん!」
「シー。今日はもう遅いから、静かになー」
一緒に風呂に入ってるらしい、ちびっこと父親との声が聞こえてきた。
数件隣の古い戸建てからは、カレーのいい匂いが漂ってくる。
話しながら角を曲がってバス通りに出た俺らの前で、ちょうど停留所に止まったバスから人が降りてきた。
「あ!」
先頭を歩くミーコが、前から歩いてきたカップルに向かって弾んだ声をあげた。
「……あ」
カップルの女の人が、気づいて目を見張る。
「こんばんは」
白い息を吐きながら、はにかんだ表情で街灯に照らされた顔。
田崎警部の娘さんの、椿さんだ。
いつものひとつ結びにジーンズ姿とは違う、おろした髪ときれいめコートの下のフェミニンなスカートに、レースアップブーツ。スニーカー姿しか見たことがないから、ヒールで高い位置にある顔もなんだか新鮮だ。
久しぶりに見る意志の強そうな大きな目に、俺の視線が吸い寄せられる。
……くっそ。やっぱ破壊力あるな。
どこかに出掛けた帰りなのだろう。隣にいるのは、去年の秋の産業スパイ騒ぎのときに翠とふたりで尾行した、彼氏の翔馬さんだ。
一度だけ彼の前に顔を出したときは、俺らはバーテンとやたらチャラいサラリーマンっていう、普段とは似ても似つかない格好に変装していた。おまけにそのときの彼は、社内の謎の美女、っていうか先輩社員が絡んだ思わぬ展開にかなり動揺してたから、おそらく俺らの顔は覚えられていない……はず。
そうはいっても、至近距離での思わぬ遭遇に、内心うろたえている俺の前で、
「こんばんは、椿さん。久しぶり!」
翔馬さんと接点のなかったミーコが、いつも通り人懐っこく椿さんの肩を叩いた。
「久しぶり、ミーコちゃん」
すらっとした椿さんが、ミーコを見下ろして嬉しそうに笑いかける。
「『一椀』の帰り?」
「そう。カキフライ、おいしかったー」
思い出してうっとりした声を出すミーコに、
「え、カキフライだったの? 今日」
椿さんがちょっと前のめりになった。
「いいなー。食べたかった」
ミーコほどじゃないけど、割とよく食べるのよね、この人も。
「そんなこと言って、デートだったくせにー」
にやにやしながらミーコに突っ込まれて、
「……もー、ミーコちゃんは」
苦笑する椿さんと、その隣でにこにこしてる翔馬さん。
「じゃまたね、椿さん。彼氏さんも」
ミーコに手を振られて、
「またね」
椿さんも右手をあげる。
その後ろから翔馬さんも俺らに軽く頭を下げ、俺らはバス通り脇の狭い歩道を、それぞれ一列に並ぶ形ですれ違った。
ミーコと俺に挟まれた翠が、翔馬さんとすれ違いざま、軽く微笑んで会釈する。
会釈を返しながらちらっとその横顔を見た翔馬さんが、あれ? って表情で足を止めると、翠の後ろ姿を振り返った。
おかげで、翔馬さんに気づかれんじゃねーかと翠の後ろで若干挙動不審になってた俺は、みごとにスルーされる。って、それはいいけど。
思い出しちゃった? 翔馬さん。あの夜の、妙に色っぽいバーテンダーの顔。
背後を気にする様子もなく、さくさく歩いていくミーコと翠に続きながら、俺はすれ違ったばかりの翔馬さんたちの様子に全神経を集中させる。
急に立ち止まった翔馬さんに、
「どうかした? 翔馬」
前を歩いていた椿さんが、振り向いてたずねるのが聞こえた。
一呼吸おいて、
「……あ、いや。気のせい」
何でもないとこたえた翔馬さんが、椿さんに追いつこうと早足で歩き始めたらしく、少し大きな靴音をたてる。
それらを背中越しに聞きながら、
(……セーフ!)
俺は、そっと安堵のためいきをもらした。




