【Treasure6】 1.(4)
「そういえば、あっちは最近静かよね。ええっとあの、田崎さんが追いかけてた……そうそう、怪盗ブルー」
あごに手をやって、記憶を辿るようにちょっと目を上に向けた奥さんに、
「……そうですね」
膝の上のフーちゃんの眉間をかいてやりながら、翠が優雅に微笑んだ。
すっかり長居して「一椀」を出ると、外は冷え込んでいた。
奥さんのご厚意でご飯のおかわりもして、腹はぱんぱん。ほてった頬に、一月の夜の凍てつく外気が気持ちいい。
俺の前を歩く、チャコールグレーの高そうなダッフルコートの背中。その上に乗った翠の頭に手を伸ばすと、
「夜だと、外で見てもすっかり元通りだな」
俺は、目の前の緩いくせっ毛をつまんだ。
先日、一日限定とはいえ銀色にカラーリングしたあとで黒に染め直した翠の髪は、明るいところで見ると少し傷んでしまったのがわかる。
「そういえば、そんなこともあったな。すっかり忘れてたよ」
振り向いてさらりと言う、あいかわらず自分の見た目に無頓着な翠に、
「翠君はやっぱ、ナチュラルなのが一番だよ。素材がいいから」
うんうんとミーコがうなずいた。
(……こいつ、よく言えるよな。年中カラーリングしてる俺の前で)
俺は隣を歩くミーコを、じろりと横目で見る。
ふざけんなよ、「髪染めるやつは素材に難がある」みてーな言い方しやがって。泣くぞ、俺が。
「そうだな。俺は当分いいかな、髪を染めるのは。あの、たんぱく質が溶ける匂いがどうも」
こたえた翠が、
「……おまえはまだ、気が済まないのか? 恒星」
首を傾げて、俺の顔をのぞき込んだ。
(え? 何の話?)
無言で見返した俺に、
「最近はもう、緑や青にしているやつもいないようだけど」
翠が微笑む。
(――あー)
ようやく話が見えてきて、俺は思わず口元に手をやった。
(その話ね……)
思い出すとちょっと恥ずかしくなって、
「よく覚えてんね、おまえ」
俺は翠から目をそらす。
「えー? どういうこと?」
不思議そうに、ミーコが俺らを見上げた。
「……あれは、高三の秋だったかな。ちょっとした騒ぎがあったんだ」
歩く速度を緩めた翠が、ミーコと肩を並べて説明を始めた。
「全校集会の際に副校長が、名指しでこそないものの、髪を青に染めていた三年生の男子生徒に黒に戻すよう言い渡して。学校周辺の住民から、そういう髪色は学生にふさわしくないとクレームがあったからと」
――問題は、うちの高校が自由な校風を売りにしてたことだった。
「所定の制服と上履きを着用すること」。それ以外にはこれといった校則がないのが、わが校が誇る伝統で。
その校風に惹かれて中学受験して、中等部から入ってきましたってやつもいれば、より募集人数の少ない高校受験のときも、もっと上の学校目指せるような偏差値高いやつが、校風が気に入ったからってうちの高等部に来ることもあるくらいで。
ただ面白いことに、しばりがないと、極端な恰好するやつって出ないもんなんだよね、案外。わざわざ「校則をどこまで破れるか」とか考えずに、普通におしゃれするからかな。その辺の公立中の子たちの方が、ずっと攻めてた気がするもん。
とはいえ、化粧もピアスもパーマもありの学校なんだから、当然、カラーリングを禁止する校則なんてない。色の種類となれば、なおさら。
根拠のない副校長の指導に、俺らは荒らぶった。
金髪もピンクも紫も良くて、なんで青はだめなんだよ。あの副校長、「ご近所の声」に弱すぎんだろ。
てか、「学生にふさわしい色」って何色なのよ? 黒髪ストレートにしとけば、自動で早寝早起き真面目に勉強して電車で年寄りに席を譲るようになるとでもいうのか――みたいな。
といっても、その場では俺らも、せいぜいブーイングしたくらい。別に、校舎の窓ガラス割ってまわったりしたわけじゃない。
「なかなか、見ものだったんだ」
翠が、楽しそうにくすりと笑った。
「翌日、三年生数十名が、髪を鮮やかな緑色にして登校して。さしずめ、青がだめなら緑はどうですか? とでもいうところだったのかな」
もちろん俺も、それに参加した。問題の全校集会のあとすぐ、みんなで手分けして、あちこちの美容室予約して。




