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【Treasure6】 1.(3)

(元気っつっても、年末に父親亡くしてんだけどなー。こいつ)


 俺は無言で、付け合わせのキャベツの最後の一口を口の中に放り込む。


 おまけに、「遺伝子上」とはいえ、実の父親は逮捕されてて、母親は意識不明で入院中。


(――何か察してるのかもな、奥さんも)


 ちょっと前よりは顔色が良くなったとはいえ、このひと月ですっかりとがってしまった翠のあご。


「うちも、年末年始のバタバタが終わって、やっと少し落ち着いたとこなの」


 にこっと笑った奥さんが、


「そうそう。この子が今度、学校行くことになったのよ。調理師免許取りに」


 脇に立つ柊二の肩をぽんと叩いた。


「マジで? すげーじゃん」


 俺は柊二に声を掛ける。

 調理師免許かー。本格的に、料理人への道って感じ?


「そうっすねー。やっぱ、将来のこととか考えると。ちゃんと取れるときに取っといた方がいいかなって、資格」


 どういうわけか、ちらちらとミーコの方を見ながらこたえる柊二。


「将来」って。え? 


 話が見えず、俺は思わず柊二とミーコの顔を見比べる。


 ちょっとまさか、そういうこと? いつの間に?


「ほら、女の人は、結婚すると赤ちゃん産んだりで、働けないときもあるじゃないっすか。そういうときもちゃんと、家族のこと養えるように、って」


 頬を赤くして、微妙にくねくねしながら言う柊二と、


「へー。すごいねー」


 まるでわかっていないらしいミーコ。


(……あー)


 俺は、向かいで目をまるくしている翠と無言で目を見合わせた。

 告るのすっ飛ばして、いきなり結婚話かよ。


「……そっか、頑張れよな」

「素敵な夢だな。柊二君ならきっと取れるよ、資格」


 ここは深掘りせず、とりあえず柊二を励ましておくことにする。


「ンーン」


 翠の膝の上のフーちゃんも、柊二に向かって機嫌のいい声をあげた。

 さすが空気の読める子、フーちゃん。


「ありがとうございます!」


 どんなビジョンがあるんだか知らないが、元気いっぱいにこたえる柊二。その隣では奥さんが、理由はなんであれ甥っ子がしゃきっとしてくれたのが嬉しいらしく、うんうんとうなずいている。


 と、


「あたしもさー、ちょっと考えてるんだ」


 珍しく神妙な顔で、俺の隣でミーコが口を開いた。


「通信の高校とか、そろそろどうかなって。翠君も、勧めてくれて」

「あらいいわね」


 さっそく奥さんが食いつく。


「今はいろんな高校があるみたいだから。なんだって、やる気になったときが一番よね」


 胸の前で両手をグーにして言う奥さんに、


「ですよねー!」


 同じポーズで言うミーコ。


 だがすぐに、


「……まあ、そんな簡単にいくかわかんないけど」


 またもや珍しく、でかい猫目を弱気に伏せた。


 確かに、高校に入学となると、こいつの両親に気づかれないで手続きするのは難しいかもしれない。学費は例の出世払いの一環ってことで、翠に援助してもらえるのかもしれないけど。


 つられて眉をひそめた俺の向かいから、


「大丈夫だよ」


 翠がミーコに声を掛ける。


「俺も、できる限り協力する」


 にっこり笑いかけた翠を、


「いい従兄いとこさんねえ」


 惚れ惚れと奥さんが眺めた。


 この奥さんをはじめとする周囲の人には、ミーコは家庭の事情により、従兄である翠の家で暮らしているという設定になっている。


 ちなみに俺の設定は、翠の家の空いた部屋に下宿させてもらってる同級生。うん、あながち間違ってない。


「今年はみんな、門出の年になるのかもしれないわねえ。……そういえば、田崎さんも」


 しみじみ言った奥さんに、


「あの四角い顔のおじさん? どうしたの?」


 さりげなくミーコがたずねた。


「『四角』って、もう、ミーコちゃんたら」


 奥さんが手で口を覆ってくすくす笑う。


「ほら、今、騒ぎになってるじゃない? 真山グループのあの人。総裁っていうのかしら? ひどい事件で」


 軽く顔をしかめて、奥さんが続けた。


「そっちのお仕事でお忙しいみたいでね、田崎さん。この間、椿ちゃんも言ってたわ。最近、全然こっちに来てないって」


 奥さんの言葉に、


(それはなにより)


 俺は内心、胸を撫でおろす。

 いくら顔はバレてないっつっても、少ないに越したことはないからね。接点。



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