【Treasure6】 1.(2)
「……」
黙ったまま、俺はミーコの膝から無造作にフーちゃんを抱きあげると、
「ほら」
驚いた顔の翠に、ふんにゃりもっちりしたフーちゃんの身体を押しつけた。
慌てて両手で、不器用に猫を抱きかかえる翠。機嫌よくなされるがままの、安定の社交的なフーちゃん。
「いいから、座ってみ?」
俺はテーブルの向こうに回ると、翠がさっきまで座っていた椅子を引く。
猫を抱いた翠がぎこちなくそこに座ると、
「よっこいしょ」
俺は無遠慮にフーちゃんの腹の下に手を差し入れ、翠の細身のパンツの膝に真っ白な魅惑のわがままボディを落ち着かせた。
あー、黒のパンツに白猫か。すっげー目立っちゃうなこれ。抜けた冬毛が。
(知らねー)
俺は内心舌を出す。
しばらくの間、膝の上でゴロゴロ言うフーちゃんを放心したように眺めていた翠が、
「……温かい」
上気した顔で、向かいの席に戻った俺を見上げた。
いちいち新鮮な反応に、
「……でしょーね」
俺はちょっと困って目をそらす。
だから何なのよ、そのキラキラの目は。
さっき俺がしたように、両手をそっとフーちゃんの身体の下に差し入れた翠が、
「お腹側が、ぐにゃぐにゃだ。まるで骨がないみたいに、俺の太ももにぴったり貼りついて」
軽く目を見張った。
「『猫は液体』って言うしな」
なにげなく俺はこたえる。
「液体?」
真顔で驚く翠に、
「いやいや翠君。ただの言い方だから」
ミーコが顔の前で手を振る。
「もー、こーちん。びっくりしてんじゃん翠君」
「え、だって前にイグ・ノーベル賞でも、『猫は液体』って」
「なわけないでしょー」
ミーコと俺がもめ始めたそのとき、
「あ、翠さんも慣れたんすね、フーちゃん」
俺らのテーブルに、雑用を終えたらしい柊二が近づいてきた。
「あらー、ほんとねえ」
その後ろには、割烹着を着た店の奥さん。
「最初は正直、どうなることかと思ったけど。猫一匹さわるのにあんまり緊張してるから、翠君」
思い出してくすくす笑う奥さんに、翠が頬を赤らめる。
フーちゃんは、元は翠のやってる「便利屋・ブルーオーシャン」の客だったおばあさんから、譲渡団体に渡すよう頼まれた飼い猫だった。
怪盗やってたりミーコの親父から逃亡中だったりと、不安定な俺らの家ではとても飼えないってわかってるのに、フーちゃんに情が移って譲渡したくないとごねていたミーコに、かわりにうちで飼ってあげると、ここ「一椀」の奥さんが手を挙げてくれたのだ。
この店の二・三階にある店長夫婦と柊二の家で飼われているフーちゃんを、今みたいに他の客のいないときには店に連れてきてもらって、俺らはこんな感じで遊ばせてもらっている。
飼い主だったおばあさんによくしつけられたフーちゃんは、人間の食べ物に興味を示さない一方、初対面の人にもあっさり心を開いてくれるという、たいそうよくできた猫なんである。
俺らがこの店に顔を出すのは、先月セバさんたちが帰国する直前、俺の誘拐騒ぎのちょっと前以来だ。先月といっても十二月だから、年をまたいでしまったことになる。
「みんなお久しぶりね。元気にしてた?」
奥さんに声を掛けられて、
「――ええ」
翠が静かに微笑んだ。
「『一椀』の皆さんは、いかがお過ごしでしたか?」




