【Treasure6 新たな日常 ~落ち込むこともあるけれど、猫は液体だし、試験は来るのです~】 1.(1)
真山晴臣と真山グループに関する報道は、その後も続いていた。
真冬オブ真冬なだけあって、気温は低いが星がきれいな一月末のある夜。
翠とミーコと俺は久しぶりに、閉店間際の「めしどころ 一椀」で遅い夕食をとっていた。
翠の親父さんが亡くなって以来、親父さんの仕事の整理や遺産に関する手続きをする傍ら、あいかわらず家事全般を引き受けてくれているセバさんは、今夜は親父さんの昔からの仕事相手と食事だとかで出掛けている。
俺ら三人の他に客はおらず、柊二が早々に上の階から白猫のフーちゃんを連れてきてくれていた。
「久しぶりだねー、フーちゃん」
三人揃ってオーダーした、カキフライ定食。デザートのフルーツポンチを食べながら、膝の上のフーちゃんの顔まわりをくすぐるミーコに、
「ンーン」
フーちゃんが金色の目を細めてお返事した。
……かわゆ……!
久々にくらったフーちゃんのかわいさにあっさりやられて、
「うわー、よくお返事できまちたねー」
俺は思わず赤ちゃん言葉で話しかける。
(うーわー。お鼻とお手手の肉球が、ピンク色でちゅねフーちゃあん……)
右手に箸を握ったまま、ミーコの右隣の席から左手を伸ばして、フーちゃんの真っ白モフモフな冬毛の背中を撫でまくる俺。
この感じだとおそらく今現在、俺のちょいタレ目は目尻がさらに下がって、ただのタレ目になっちゃってんだろうけど。しょーがない。だってフーちゃんがかわいすぎんだから。
「ウルニャーオ」
ミーコの膝の上で振り向いて俺にもお返事してくれる、今日も社交性抜群なフーちゃん。
「うわ、天才? かわいいの天才? この子」
真顔で絶賛する俺に目もくれず、
「かわいいとかそんなの、あたりまえじゃんねー? フーちゃん」
純白のあごの毛をモフりながら、ミーコがフーちゃんに話し掛ける。
「ごめんねえ、フーちゃん? お隣の、赤ちゃん言葉のお兄ちゃん、キモいでちゅねー?」
「『でちゅねー』って、おまえもじゃねーかよ!」
いつもながらミーコの挑発に秒で乗ってしまう、ちょろい俺。
そんな俺と目も合わさず、ミーコがさらにあおってくる。
「もー、やだねえフーちゃん? お隣の人、お顔もしゃべりも治安悪くて」
「……あ? やんのかコラ?」
ミーコと俺の、この世で最も無益なやりとりをまるで気にせず、ミーコの膝の上でゴロゴロ言ってる大人なフーちゃん。
その一方、白木のテーブルの向かいの席で、さっきからこっちをチラ見してる翠。
「……なに見てんのよ、おまえ」
眉間にしわを寄せた俺が横目で見ると、
「いや、なにも」
あっさりこたえて、翠は箸を置いた。
「ごちそうさまでした」
立ち上がり、小さなテーブルを回り込んだ翠が、ミーコの左脇ですっと腰を落とすと、
「俺も、撫でていいかな」
膝にフーちゃんを乗せたミーコを、控えめな口調で見上げた。
目の前で翠にひざまずかれたミーコが、
「うわー! 王子様みたい翠君!」
わかりやすく歓声をあげる。
(……だからよー)
俺は無言で遠い目になった。
ミーコおまえ、ほんと、俺のときと違いすぎねえ? その態度。
「どーぞどーぞ! あ、翠君も抱っこしてみる? フーちゃん」
「あ、いや。彼女は今、ミーコちゃんの膝で落ち着いているようだから」
「ほんとー? 遠慮しなくていいんだよ?」
ミーコの圧にちょっとのけぞりながら、そろりとフーちゃんに手を伸ばす翠。
その伸ばした指先をフーちゃんにふんふん嗅がれて、
「……」
翠が、じわりと頬を緩める。
そのまま、白い人差し指がそろそろと、フーちゃんの眉間を撫でた。
(……っとによー)
じっとしてられなくなった俺は、箸を置いて立ち上がる。
しょーがねーなあ、こいつは。あいかわらず。




