【Treasure5】 2.(2)
「――あ」
心当たりがあったのか、翠が気まずそうに視線を横に流すと、長い睫毛を伏せた。
目の前の黒い瞳に少しだけ生気が増したのを感じて、
「だからさー。もしかしておまえもそうなのかなって。今」
俺はその瞳を追うように、軽く首を傾げる。
「寝れてないんでしょ? いつでも寝れんのが特技のおまえが」
ぱっちりした目の下の濃いクマを、人差し指でちょんとつつくと、
「……顔に、出ていたか?」
翠が目をまるくした。
自分で気づいてねーのかよ、そのでかいクマ。
「あと、もしかしてだけど。戻しちゃってない? 食ったもん」
俺は目の前の白い頬に手を滑らせ、ちょっとあごを持ち上げて、無理やり目を合わせる。
「やつれすぎなのよ、おまえ。あんなバランスいい食事とってるくせに」
ぺちぺち、とそのまま指先で軽く頬をタップすると、
「……」
眉を下げた翠が、そっと俺の手を外した。
触れた指先の冷たさに、俺は軽く顔をしかめる。
「……さすがだな」
俯いたまま、翠が苦笑した。
「ごまかせないね、恒星の目は。……ときどき、胃が辛くなって」
「……だから別に、無理して食わなくていーんだって」
なんだかたまらなくなって、俺は翠の肩に手を置く。
「しんどくて、あたりまえなんだから。前にセバさんも言ってたっしょ? 今は、食べられそうなものだけで結構ですよって。……俺もミーコも、みんなそう思ってるよ?」
「ありがとう」
翠がちょっと俺を見上げて、また目を伏せる。
「ただ、もうそろそろしっかりしないと、瀬場さんに悪い気がするんだ。仕事も忙しいだろうし……なにより、俺たちに父さんの病気を隠してたことで、ずっとひとりで苦労させてしまった」
翠の言葉に、
「なにそれ?」
俺は眉をひそめた。
「今さらそんな、遠慮とかなくない? 親代わりみたいなもんなんでしょ? おまえにとって、セバさんって」
こいつが三歳のときに親父さんと三人で国外脱出してからずっと、住み込みで働いているというセバさん。
「そうだな……多分、なにかしたいんだ。俺は」
そこで、さらに意味不明なことを翠が言い出す。
「瀬場さんの、役に立ちたいというか。せめて、これ以上彼の負担にならないように……そう言いながら、やつれて皆に心配をかけていたんじゃ、本末転倒だけど」
苦笑して、翠が続けた。
「……父さんに、なにか隠し事をされているのは気づいていたんだ。それが何なのか、たずねてもそう簡単には教えてもらえないだろうってこともわかってた」
はかなげな笑顔に、俺ははっとする。
「でもそれがまさか、こんなことだったなんて」
翠が、遠い目になった。
「父さんは、“時限爆弾”と呼んでいたらしい。自分の病気のことを。瀬場さんは何度も、俺に話すよう言ってくれたそうだけど。頑固な人だったから……いや、違うな。俺がもっと、しっかりしていたら」
翠が、ふっくらした唇を噛む。
(……も、勘弁して)
これ以上聞いてらんなくなって、俺は思わず翠に手を伸ばした。
「だからさ」
目の前の黒染めしたくせっ毛を、右手でくしゃりとかき混ぜる。
「たった今おまえが言った、そういうやつなのよ、まさに。……自責の念って」
俺にされるまま、椅子の上でぐらぐら揺れる小さな頭。
「……そうか」
つぶやいて、珍しく固まりもせず俺の手に頭を預けた翠は、まるで水の中へ沈み込むかのように、そのままそっと大きな目を閉じた。
けれど、本物の“時限爆弾”が爆発するのはこのあとだなんて、そのときの俺らには知る由もなかった。




