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【Treasure5】 2.(1)

「……」


 俺は軽く目を見開いて、肩の高さに上げていたこぶしをおろした。

 たった今、ノックしかけた翠の部屋。そのドアには、わずかに隙間が開いている。


(――だから、こーゆーとこよ)


 いつものあいつならありえない、注意力の欠如。あの、警戒心の塊みたいなやつが。


 俺は小さくためいきをついて、


「……入っていい?」


 その隙間越しに、部屋の中に声を掛ける。

 ついでのように、細く開いたドアをコンコンと叩くと、返事を待たずそのまま押し開いた。


 閉じたブラインドを背に、窓際のでかいデスクに座る、いつもよりさらに白く見える顔。


「――恒星」


「よ」


 ゆっくりと目を上げた翠に、軽く手を上げて近づきながら、


(こんなに首細かったっけ? こいつ)


 俺は内心、ぎょっとしていた。


 ついこの前まで、胸板以外は俺とそっくりの体格だったはずなのに。そりゃまあ、首は日常生活ではそうそう鍛えられないパーツだけど、それにしたってこの細さは問題でしょ。


 それと、


「寒くない? この部屋」


「……いや」


 俺の問いに、翠がかすかに首を傾げる。


 嘘つけ。一月頭の夜に暖房器具なしで快適に過ごせるほど、この辺の気温は優しくねーのよ。それも戸建てで。


 部屋の主に断りもせず、俺はさっさとオイルヒーターのスイッチを入れ、ついでにその辺にあったブランケットで翠の肩を包み込む。そんな俺を、お高そうな椅子に腰掛けた翠はなされるがままぼんやりと眺めていた。


 ごちゃごちゃとコンピュータ関係の機器が置かれた、翠の前にあるデスク。

 その天板に手を突いて、


「……また、自分のせいとか思ってる? もしかして」


 俺は、いきなり本題に入る。


「……え?」


 急に距離を詰めた俺の顔を追うように、ゆるゆると目を上げた翠が、不思議そうにつぶやいた。


 そのよくできた顔に向かって、


「親父が死んだとき、病院で言われた」


 俺は遠慮なく言葉を連ねる。


「自責の念っていうの? なんか、そういうの感じがちらしいのよ。身内が死んだときって」


 翠の父親が亡くなったクリスマスイブから、十日ほどたった。


 正直なとこ、俺はまだ、いまいち実感が湧いてない。いろんなことが、急すぎて。

 それはおそらくミーコも、そしてこいつも同じで。


 もともと親父さんの病気のことを知ってたセバさんを除いた俺ら三人は、表面上はこれまで通りの生活を送りながらも、どこか地に足がつかないような感覚で日々を過ごしている。


 親父さんが倒れたあの日から、翠は普段にまして口数が減った。セバさんの用意してくれる食事は、皆と一緒に三食ちゃんと食ってるはずなのに、華奢なあごはいつのまにかさらにとがり、シマリスみたいな目の下にはくっきりしたクマができている。


「何なんだろうなー、あれって」


 翠がなにか言うのを待たず、俺は自分を励ましながら言葉を続けた。……初めて誰かに話す、あのころのこと。


「実際俺は、父親死んだときそうなった。自分を責める感じに。……自分では、自分の考えがおかしいって、なかなか気づかないんだけど」


 もういい年なんだからムリすんなって言ってんのに、徹夜明けに車でスノボに出掛けて、雪で状態の悪くなってた帰り道で事故って亡くなった俺の父。


「めっちゃ思ったもん、あのころ。俺がもっとちゃんと、やめとけっつって親父のこと止めてたら、出掛けんのやめて死ななかったかもとか。そもそも、親父が徹夜するような仕事のスケジュール組んだのは、俺の学費のせいだよなとか」


 俺は苦笑して髪をかき上げる。――口に出すと、今でもきついな。これ。


「……そんなこと」


 翠が俺の言葉に目を見張って、力なく首を横に振った。


「恒星のせいじゃないだろう、どちらも」


「……今ならそう思うけどね。俺も」


 うなずいて、俺は翠の顔をのぞき込む。


「でも、割と思っちゃうもんなんだってさ。そういうの。……遺族って」



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