【Treasure5 喪失 ~罪悪感と時限爆弾~】 1.(1)
真っ白な掛け布団とシーツに、同じ素材の枕カバー。布団の下からベッドの脇へと伸びる、点滴のチューブ。
小さく瞬きするような動きを繰り返したあと、枕の上で新堂がまぶたを開けた。
「……新堂様」
枕元のパイプ椅子から、瀬場が腰を浮かせる。
ゆっくりと顔に付けられた呼吸器のマスクをずらした新堂が、
「……わがままを、言ったな。瀬場」
瀬場に向かって微笑んだ。
「すまなかった」
「……おやめください」
瀬場が、静かにかぶりを振る。
「今のわたくしがあるのは、すべて新堂様のおかげです。どうぞ、これからも何なりと」
十二月二十四日、月曜日の午後。窓の外は明るい。
水彩画の掛けられたクリーム色の壁と、白い天井。清潔だが質素で年季の入った室内には、うっすらと消毒薬の匂いが漂う。
郊外にある個人病院の一室で、新堂はベッドに横たわっていた。
三日前の午後、新堂は自宅で突然吐血した。
すぐに瀬場が、以前から指定されていたこの病院へ、意識のない新堂を車で運んだ。平日の昼間だったため、事情を知る院長に直接対応してもらえたのは幸運だった。
「まったく。うちはホスピスじゃねえんだ」
新堂の古い知人である院長は、処置のあと意識の戻った新堂の枕元で、日に焼けた太い腕を組んで顔をしかめた。
「救急車を呼ばなかったのは上等だ。あれは、助かる気のある患者が使うもんだからな。いい部下を持ったな、充好」
昔の名で呼びかけた院長に、
「……それが、自慢だ」
呼吸器のマスクの下で、新堂は弱々しく口角を上げた。
診断結果は、シアトルの病院で受けたのと同じ、末期の肝がん。以前からあった腹痛や倦怠感について、一年ほど前に現地で受診したときは、既に手の施しようがなかった。
余命わずかと伝えられていた新堂は、それまで主張してきた通り、ここ東京でも延命治療を望まなかった。
思わぬことに動揺する翠たちをどうにか落ち着かせ、新堂の指示でこれまで病気を隠していたことを詫びた瀬場は、この三日間、新堂の入院や仕事にまつわる様々な事柄を、一手に引き受けてきた。
「……今日は、何曜日かな?」
ベッドの上から、新堂が瀬場に問いかけた。
入院して以来、痛み止めの副作用でうとうとしながら過ごすことの多い新堂は、時間の経過が把握しにくくなっている。
「二十四日の月曜日ですが、祝日の振り替え休日となっております」
「そうか」
新堂が小さくうなずく。
「外は、晴れているのか?」
「さようでございます」
「……ホワイトクリスマス、とは、いかないようだな」
微笑んで、新堂がまた目を閉じた。
「せっかくのいいお天気ですので、翠様たちには、お散歩がてらお昼を外で召し上がってはとお伝えしました」
言い添えた瀬場に、
「ありがとう。……あの子たちにも、心配を、掛けた」
呼吸器を付け目をつむったまま、切れ切れに新堂がつぶやく。
三日前、突然吐血した新堂をここに運び込んだあと、唇を固く結んで枕元から離れようとしなかった翠。
病院での手当てのあと、ようやく意識の戻った新堂の手を握り、
「……父さん」
幼子のように呼び掛けた彼の目には、まわりの物など何ひとつ映っていないかのようだった。
その後、院長から別室で新堂の病状の説明を受け、ショックで物言わぬ人形のようになった翠を、恒星とミーコが左右から抱えるようにして家に連れ帰った。
「翠様には、恒星様やミーコ様がついていらっしゃいます」
安心させるように言った瀬場に、
「……それに、おまえも」
新堂がかすかな笑みを浮かべた。
「長い間、本当に、世話になった」
「そのようなことは」
言いかけた瀬場に、新堂がうっすら目を開く。
「わがまま、ついでに。もうひとつ、だけ」
白い眉の下の淡い色の目は、潤んでいるように見える。
「瀬場。あの子を、頼む。……どうか」
「新堂様」
痩せた身体の中から押し出すように告げられた言葉に、瀬場がふたたび椅子から腰を浮かせた。
「おっしゃるまでもございません。そんなことより、少しでも長く、翠様にお顔を見せてあげてください」




