【Treasure4】 4.(1)
「……っえ?!」
海沿いを走る車の中で、恒星が声をあげた。
背後に小さく見える、ついさっきまでいた真山邸。高台にあるその屋敷の屋上から、真冬の夜空に大きな花火が打ち上げられている。
「やったね翠君! きっれー!」
後部座席でミーコが歓声をあげると、スマートフォンで花火の写真を撮り始めた。どうやらあれは、潜入中の翠と瀬場の仕業らしい。
運転席の新堂はなにも言わないが、その横顔はあいかわらず楽しげだ。
どう考えても必要以上に派手な演出に、
(……そういうタイプだったの? 翠、おまえも)
声には出さず、恒星は動揺を飲み込もうとする。
――「そういうタイプ」といえば。
今しがた、真山家の敷地から脱出したときに目にしたものを、恒星は思い出す。
ところどころに照明の設置された、真山邸の母屋と表門を結ぶ、長い砂利の下り坂。
図書室前の庭で恒星を無事奪還した新堂の黒い車は、母屋の前の門(だったらしい何か)を通過し、順調に砂利道を駆け下りた。
だが、公道との境が見えてきたところで、前方に真山家の警備員らしき人影が現れる。
スピードを落とした運転席の新堂に向かって、窓ガラス越しに警備員が車を止めるよう伝えた。
いささか高圧的だが人のよさそうな顔をした彼は、背後を示しながら、窓の向こうで身振りを交えてなにやら興奮気味にしゃべっている。察するに、屋敷に謎の侵入者が現れたことを、当の侵入者である新堂たちにわざわざ警告してくれているらしい。
彼の背後の公道との境にある、中央を無残にぶち抜かれた「かつて表門だったらしい金属でできた何か」を見て、助手席で恒星は慄いた。あの惨状に比べたら、さっき見た母屋の前の小さな門の壊されっぷりは、まだマシだったのかもしれない。
どうやら表門が破られた瞬間を見ていないらしい警備員が、事態を理解できていないのもあたりまえだ。
あの堂々たる鉄の塊――表門をぶち破ったのが、多少いかついとはいえ重機でも戦車でもないただのセダンだなんて、誰も思わない。しかも、あれだけの狼藉を働いたあとも車体には傷ひとつない上に、運転しているのは温厚そうな白髪の老人だなんて。
言われるまま車を止め、新堂が運転席の窓を開けた。ドアにもたせかけていた杖をなにげなく手に取った彼が、身分証明書を確認しようと近づいてきた警備員に、開いた窓からいきなり杖の先を向ける。
ドギュオーン!
なんとも形容しがたい爆音と共に、杖が火を噴いた。
「……!!!」
信じられない光景と爆音にさらされて、助手席のシートの上で恒星は凝固した。
悲鳴を上げて飛びのいた警備員を尻目に、黒いセダンはタイヤをきしませ急発進すると、かつて門だった鉄の塊をすり抜け広い公道に飛び出す。
「なに今のー?! かっこいい!」
後部座席でのんきに歓声をあげるミーコに、
「仕込み杖というんだよ」
にこにこと説明していた新堂。
(……「だよ」じゃないっすよ、新堂さん……!)
その隣で瞳孔を開いたまま、ゆうに三分間は硬直していた恒星。
(――大丈夫だったかなー。あの警備員)
軽快に海沿いを走る車の中で、うんざりしながら恒星は思い返す。




