【Treasure4】 3.
「翠様!」
冬の夜空の下、人気のない真山邸の屋上に姿を現した翠に、黒装束を身につけた瀬場が駆け寄った。
「瀬場さん」
微笑んで軽くよろけた翠の肩を、瀬場が支える。
「マイクからの音声で、ご無事とは存じておりましたが。下の騒ぎがあまりにひどく、お迎えに参るべきかと思案しておりました」
階下でようやく作動したらしい火災報知器の警報音や、入り乱れる人々の悲鳴が、この屋上にまでかすかに聞こえてくる。
「……すまない。火事騒ぎに巻き込まれて」
翠が目を伏せた。
「さようでしたか」
言葉少なに翠の全身状態をチェックした瀬場が、大丈夫だと判断したらしく、翠の身体にハングライダーのハーネスをつけようとする。
と、
「あ。ちょっと待って」
なにかを思い出したらしく、翠が暗い屋上の隅に駆け寄った。
そのまましゃがんで、しばらくごそごそと作業していた翠が、
「よし、行こう」
立ち上がって、瀬場を振り向く。
「はい」
うなずいた瀬場が、翠と自分の身体に手早くハーネスをつけた。数時間前、東京からのフライトに使った、夜空に紛れる黒い翼だ。
折よく、風は向かい風。都内に比べ空気の澄んだこの地の空は、星が美しい。
助走ののち、二機は前後して真夜中の空に飛び立った。
やがて、翠のイヤホンに、
「……たまにはそういったお召し物も、新鮮ですね。翠様」
前を飛ぶ瀬場のマイクから、控えめな声が届いた。
「ありがとう」
スカジャンにジーンズ姿でハングライダーを操作する翠が、ゴーグルの下で微笑む。
数十秒後。ふたりの去った屋上から、轟音と共に、師走の夜空に季節外れの花火が上がった。




