【Case1】3.逃亡は計画的に (3)
「は? キモいんですけど」
それにそっけなく答えながらも、
(……え? そうなの?)
顔がにやけそうになって、慌てて俺はエプロンのひもを直すふりで下を向いた。
(なんだよ。かわいいとこあんじゃん、あいつ)
三人での暮らしは、思いのほかスムーズに進んでいた。
ミーコをかくまうといっても、潜伏先はこのマンションで同居の一択で。少し狭いが、野良JKには物置代わりの空き部屋をあてがうことになった。
もともとこの家では、翠と父親、それに父親の秘書だという男性が、それぞれ個室を持っている。さらに客用寝室と予備(というか物置)が一部屋ずつの、五LDK。都心でこの間取りって、やっぱあるとこにはあんのね、金って。ちなみに俺は、客用寝室を使わせてもらっている。
今ごろ愛娘の行方を血眼で探しているであろう、親父さんの組織にみつからないように、当面の間ミーコの行動範囲はこの家の中だけ。ミーコから便利屋への支払いについては、やつの出世払いということになった。出世……って、そんなもんいつすんだよって感じだけど、そこは社長の翠の判断なので、バイトの俺はノータッチだ。
翠によると、当面「怪盗ブルー」の活動はないそうで、ミーコがそっちに参加する予定もない。ていうか、俺はまだ認めてないんだけど。「怪盗」も、ミーコの参加も。
この生活で、予想外だったことが二つ。
一つは、ミーコの存在が、俺と翠との円滑なコミュニケーションに一役買っているという事態だ。
最初っから気づいていたけど。ミーコは、俺のアホな友人たち――ラグビー部や、数少ないそれ以外のやつらと、同じ匂いがした。翠よりもずっと。
犬と猫、どっちがかわいいかとか。カレーは鶏と豚どっちが基本かとか。
どうでもよすぎる話題でしょっちゅうぎゃーぎゃー言い合ってる俺らの隣で、口を挟まずくすくす笑う翠。たまに爆笑すると、リスみたいなくりっとした目が、溶けてなくなってしまう翠。
それまで俺は、あいつがあんな顔で笑うなんて、全然知らなかった。ミーコが来るまでの俺らふたりの会話は、弾む弾まないなんてもんじゃない、事務連絡以下のレベルだったから。
ついでにいえば、そうやって騒々しく過ごすうちに、俺の中で、去年の末からのふわふわした感覚がなくなってきたような気もしていた。親父と暮らしてたころの自分が、戻ってきたっていうか。
親父に負けないくらい手がかかるミーコと、日々、感情全開でやりあっているせいかもしれない。
(……って、世話焼きが過ぎるよなー、これ……)
われながら、ひどいな。
思わず、苦笑してしまう。もっとクールなキャラでいきたいんだけど、俺。
そんな手のかかるミーコは、不思議と翠の感情を読み取っているようで。さっきみたいに、嫌いなわけじゃないんだけどどうにもわかり合えない俺と翠の、橋渡しみたいなことをしてくれる。
てか、知り合ったばっかのJKに負けるって、翠だけじゃなくて意外と俺もないのか? コミュ力。いや、コミュ力っていうか、もはや異文化コミュニケーションの域だけどな。翠と俺。
けど、そうやってミーコと仲良くなってしまうほど、俺の中にはどうにもならない感情が生まれてきて……それが、二つ目の予想外の事態だった。
「なあ」
ある夜遅く、キッチンでばったり顔を合わせた翠に、俺は声を掛けた。
「ミーコのこと、どう思う?」
もちろん、恋とか好きとかそういうんじゃなくて。
「――過ごしやすい相手で、助かってるよ。嘘をついてる様子もないんだろう?」
さらりとこたえた翠が、
「楽しい子だし」
ふっと思い出し笑いをする。