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【Treasure4】 1.(3)

 それに気づかず、


「とはいえ、私にも責任の一端はある」


 真山が続ける。


「妻のことだ。陽子が妊娠しにくいたちだとわかった時点で、私はあれと離縁して、より若く妊娠しやすい妻をめとるべきだった。だが当時、あれの実家の支援を受けた事業が難航しており、離婚を押し切ることができず」


 真山が残念そうに首を振る。


「やがて、妻の強い希望で、不妊治療とやらが始まった。その挙句、ようやく生まれた息子は、心臓移植なしでは生きられない身体だなどと……。つくづく残念だよ。あのとき、あれの実家の意向など気にせず、さっさと別れて若く健康な新しい妻との間に子をもうけていれば、まともな跡継ぎを得られただろうに。慧のような、出来損ないではなく」


「……なんてことを」


 翠の声が震えた。


「大切なひとり息子じゃなかったんですか? 彼は。だから、俺というドナーを」


「大切な、長男だったとも」


 真山がうなずく。


「正妻との間に生まれた長男、もっとも正統な跡継ぎだ。だが、私より先に、しかも子どもも作らず死なれては、まるで意味がない」


 真山の言葉に、翠の表情が凍りついた。


「成海碧とも、あれと早々に離婚していれば、関わり合うことなどなかったはず。今さら言っても意味のないことだが。……しかしながら、その結果、我々にはおまえという跡継ぎが存在するわけだ。正妻から生まれた慧には若干劣るにせよ、おまえとて立派な真山の正統。なにも恥じることはない」


 自らの言葉に何の疑問も抱いていないらしい真山の顔には、にこやかな笑みさえ浮かんでいる。生まれ育った環境のせいか、人として欠くべからざるものを欠き、しかも自らの醜悪さに気づくことのない、そのいびつな心は、待望の跡継ぎを手に入れようとしている今、さぞかし満たされているのだろう。


 翠が、真山の顔から目をそらした。

 何かに耐えるように目を伏せると、奥歯を噛み締め、かすかにかぶりを振る。


「俺はここに、話し合いにきたわけじゃない。……自分以外の人間を、簡単に変えられるとも思わない」


 つぶやいて、翠が顔を上げた。


「――愚劣な考えを持つのは、あなたの自由です」


 真山に向かい、淡々と続ける。


「同時に、俺にはそれに同意しない自由がある」


 真山が、翠とよく似た形のいい眉を軽く寄せた。


「やはり、真山の後継者となる気はないのか? 翠」


「ええ」


 うなずいて、そのまま一歩後ろに下がった翠に、


「待て」


 整った顔に皮肉な笑みを浮かべ、真山が声を掛ける。


「外国育ちとはいえ、日本の歴史や思想について、学んだことはあるのだろう? わが国では伝統的に、子は親の、それも家長である父親の言うことを聞くものだ。そう学ばなかったか?」


 無表情に翠がこたえた。


「真山総合病院にある、出生時のカルテで明らかなはずです。俺の母親は成海碧。父親は、存在しません」


 真山が、虚を突かれたような顔になる。


「その後、生きたまま心臓を奪われかけていた俺は、父親になってくれたある人に命を救われ、育てられて、今ここにいます。新堂翠という名で」


 翠が続けた。


かねとわずかな細胞を用いて、この世に俺を生み出した人たちはいる。でも俺は、それだけでその人たちを親だとは思わない」


 長い睫毛に縁取られたアーモンド形の目が、真山を見据える。


「百歩譲って、彼らを親と呼んだとしても。俺の意思を、自由を奪おうとする者を、俺は決して認めない。まして、命を奪おうとした相手など」


「……やれやれ」


 真山が肩をすくめた。


「手荒なことはしたくなかったが」


 その言葉に、翠がわずかに腰を落とす。


「仕方がない――頭は傷つけるなよ」


 つぶやくように真山が告げた途端、背後から部下たちが飛び出した。

 それと同時に大きく後ろに飛びのいた翠が、真山に向かって身構える。


「動くな」


 白い手に、いつのまにか拳銃が握られていた。照準は、ぴたりと真山の額に合わされている。


「馬鹿な」


 顔色も変えず、真山が軽く眉をひそめた。


「人を撃ったこともない素人が、この距離で命中させられるとでも? 見損なったぞ、翠。おまえは、状況を見極める能力に長けているものと思っていたが」


「頭の後ろで手を組み、床に伏せろ。三人ともだ」


 構わず、銃を構えたまま翠が言った。


「無抵抗の相手を撃つ趣味はないが、必要があれば躊躇しない。あなたがたに誘拐されかけた六歳のときから、俺は人を撃つ訓練を受けている」


 小さく舌打ちして、片方の部下がスーツの懐に手を入れかけた。


「よせ!」


 真山の鋭い声と同時に、翠が引き金に掛けた指にわずかに力をこめる。


 そこへ、


「――けいちゃん?」


 突然、翠の背後から、か細い声が掛けられた。




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