【Treasure4】 1.(2)
「自由という概念が魅力的であることは認めよう。だがそれはしょせん、安定した社会の上にしか成立しえない、ひ弱な言葉遊びにすぎない。翠、我々には生まれながらにして、その安定した社会を統べるという義務が課せられている。選ばれた者としての義務が。あまりに重要なその義務の前では、一個人の自由など意味をなさない。それくらい、聡いおまえならわかっているはずだ」
黒目の勝った大きな瞳が、廊下の先から静かに真山を見返した。
「……お話は、それで終わりですか?」
感情を排した声で、翠が続ける。
「真山グループが日本の経済に多大な影響力を持つことは、理解しています。場合によっては日本のみならず、他国の経済にも。ですが、グループ総裁を直系男子による世襲制とする根拠は、特に見当たりません。そしてもう一つ、総裁の職務を他者の自由より尊重しうるという、先ほどあげられた主張の根拠も」
先程の真山の主張をあっさりと否定する翠の発言に、背後の部下たちが思わず動きかけた。それを制すように、真山が翠を見据えたまま、無言で片手を上げる。
眼鏡の奥の切れ長の目に、あざけるような色が浮かんだ。
「心配することはない。翠、おまえにもいずれわかる。いくら努力を重ねたところで、流れる血が違えば、生まれ持った能力には歴然とした違いがあるのだ。
高明しかり、晴子しかり、綾乃も、千史も尚政も」
異様な表情で自らの異母弟妹の名を列挙した真山が、ふと口を閉じて、翠の顔をしげしげと眺めた。
「それにしても、こうして見ると本当によく似ているな、死んだ慧に。……産んだ母親は違っても、血は同じ。慧亡き今、やはりおまえは当家の正統。少なくとも、あの愚かな弟たちの血を引く甥たちよりはずっと、真山の後継者にふさわしい」
ぞっとしたように顔をこわばらせた翠に、真山が続けた。
「王の器にふさわしい、正しい血筋を引き継ぐこと。それは、真山という偉大な家督を継ぐ者の務めなのだ。当家の長男は代々、その才能を磨き、家のためそしてこの国のために身を捧げてきた。連綿と続くその営みにより、今の真山家が、ひいてはわが国がある。……これまで、こうした教育を受ける機会のなかったおまえには、まだ理解できないことかもしれないな。だが幸い、それを今からでも身につける方法はある」
翠が真山家の帝王学を身につけるための「方法」。それはおそらく、先日新堂が口にしたような、薬物による洗脳を指すのだろう。
翠が静かにたずねた。
「……血筋のためには、いかなる犠牲を払うこともいとわないと?」
なにかを思い出したように、真山が大きくうなずく。
「そうだ。あの女――成海碧には、いささか気の毒だったが。大事の前の小事という言葉もある。あれは、仕方のないことだった」
向き合う翠の顔から、一切の表情が消えた。




